第16話 ベラとの新生活

オウム“チュッピー”の母親となっていた私は、その父親であるベラと恋人になった。 いつのまにか同居人もいなくなり私たち二人暮しとなっていた。
二人とも音楽屋なので
「何よりライフスタイルが似ているしね」
と言ったら
「これライフスタイルって言うの?この、お金と物の無いのが?」

パソコンはもちろんケータイもデジカメも電子レンジも電球の笠もなかった。
クルマはあったが、その25年物のポンコツ車がいよいよ動かなくなり
ベラは買い換えのため1ヶ月近く友人のツテを頼って走り回っていた。
「フェリシダーデス!エノラブエナ!(おめでとう)」
「グラシアス!(ありがとう)」
私たちの“新車”は真っ赤な“ルノー11”の20年物の中古車だったので
赤をとって“アカサンシオ”と名づけられた。
こうして毎日の小さな出来事をお祝いするのもマラガ下町コミュニティの特徴。
大切な習慣の一つだ。

さっそく“新車”に乗り記念ドライブ。行き先は隣町ネルハの浜辺。
パラソル、テーブル、椅子、お弁当、釣り道具、オウムのチュッピーまで乗せて出発。
ベラは一年中、外で生活したい人なので毎年5月から10月までいつも海で泳いでいる。
海水浴など3、4年に一度の“特別行事”だった私にとって
「夕食前に軽くひと泳ぎ!」
なんてのは、まず頭が受け付けないのだ。そのうえ一日浜辺で泳いだり
陽にあたったりしているとその後、本当にぐったりする。夜はなんだか熱っぽい。
何しろ冷暖房完備、年中常温設定のビルで会社員生活を送っていたのだから
その健康的過ぎる生活に体がついていけないのだ。
しかし無料で楽しめ身体にいいとなるとやはりプラジャ(浜辺)。
マラゲーニョ(マラガ人)の週末の行き先ナンバーワンはこのプラジャなのだ。
一年中開いていてしかも無料。楽しい時悲しい時パレーニョ(パロ人)は
みんなここに来る。海岸通の散歩道を歩きながらレストランで魚介類をつまみながら
トドのように一日中ごろごろ日光浴をしながら…プラジャはパレーニョの心なのだ。
そのプラジャ通いを制覇せずマラゲーニャになれるものか。
で毎週毎週ベラに引きずり出されるように海で泳いでいたらどうなったか。
日本であれだけ風邪をひいていた私が
「あれ、最後に風邪をひいたのはいつだっけ?」
さらに編曲なんかで一日中カンヅメになっていると
どうにも我慢ができなくなってきてふらりとタオルを肩に引っ掛けながら
「ちょっくらプラジャに行ってくる」
って銭湯じゃないんだから。デスクワークの後、大掃除の後、シャワーの代わりにひと泳ぎ。
海から出るとふわりと体が軽くなっている。
少々の切り傷など海に入るだけでほとんど治っている。すごい!
海には不思議な力があるのだ。腹筋、バーベルに腕立て伏せ、さらに海水浴で
身体は明らかに肉体派に変わりつつあった。頭脳派から。
そういえば最近、日本語も下手になってきたし。
ってスペイン語で考えるので小学生みたいな頭のレベルだ。
“好調”と書こうとして“高潮”と書いた時
「あれっ、どっちが間違ってるんだろう」
って、10分くらい考えていた時はさすがに自分でも怖くなった。

(第17話につづく)

Facebook にシェア
[`google_buzz` not found]

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です