盗難事件・2

昨日の続き。なんとかアイフォーン、キャッシュカードなどのブロックを終えた瞬間、一気に疲れが噴き出した。
「あぁあ、少し横になりたい」

とは言っても、ソファは捨ててしまってもうないので、ベッドへ移動。服のまま、ごろりと横になる。

この日は朝の9時から活動していたので、これがこの日初めてのごろり。で、気がついたらなんと。自分でも信じられないが、朝になっていた。で、案の定ハビ吉から雷が落ちる。

「昨夜はどこにいたの!ブロックの手配を終えたら電話してって言ったよね」

そのとおり。しかし「ちょっと横になる」はずが、気がついたら「八時間横になって」いたのだ。

「ご、ご、ごめん。知らないうちに寝ちゃった。みたい」
「はあっ?家にいたの?だったらどうして電話を取らないんだ」

「それが、聞こえなかった。みたい」
「・・・・・」

数秒してから、ハビ吉がぽつりと言った。
「よく寝れるね。この緊急非常事態で熟睡?」
「・・・・・・」

実ははるか20年以上前。スペインへ渡ってすぐ、私は同じ目に遭っている。その時も全てを盗られ、こうして大泣きしていた。

あの夜のことを、今でもはっきりと憶えている。もらった睡眠薬だか安定剤だかをサイドテーブルに置き
「こういう時に、こういうものは飲むんだな」
と、ベッドに体を横たえたとたん、寝ていた。

目が覚めたら朝の八時。さすがに自分でも驚いた。
「こんな時に熟睡できるなら、いけるかも」
と、ぼんやり思ったことを憶えている。

さて。熟睡した後はさっそく行動開始。朝9時からまずは「警察署」へ。「盗難届」を出さなければ始まらない。懐かしいと言うか因縁と言うのか。また同じ届出を、同じ部屋で。

これだって、1時間半待ち。やっと終わりかけたところで「必要な要項」が不足しており、いったん警察署を後に。書類を整えて再び戻るが、さらにここで40分待ち。

「完璧に書類をしといた方がいいですよ」
と、さらに書類のやり直しを遠まわし催促するが、そんな書類を完璧にしたって、もう盗まれた物は帰ってこない。

「過去はもういい。それより大切な時間とエネルギーを、これからの私の現在と未来に使いたいんです!」
と叫んで、自分の気持ちに気づく。

署員のお兄さんはおののいていたが、こちらは忙しいのだ。警察署だけで貴重な午前を使いきってしまった。

なにしろ「レッスン」を毎日やっているので、朝9時からお昼までしか空いている時間がない。午後からはどうしても、家にいなくてはならないのだ。

緊急事態発生で、レッスンのキャンセル&時間変更をしたくても、その連絡先は全てアイフォーンの中。ああぁー。まったく連絡つかず。

「データをコピーしておかなかったの?」
と、みんなに言われるが、そんなこと知らなかったのだ。

警察署を出ると、急いで家に直行。本当は食料品も買いたいが
「この時のプライオリティ」
は食べるより
「家のカギを取り換える」「新しいスマホを手に入れる」
なのだ。

アイフォーンがないので
「いい鍵屋さん知りませんか?」
とメッセージを送って聞くこともできない。仕方なくお隣さん、ご近所のみなさんに直談判。

「ここに電話してみたら?」
教えられた鍵屋さんに電話して値段を聞くと
「鍵のタイプを見ないといくらかかるのかわからない」
とのこと。まずは来て見てもらうことに。

「うーん、これはものすごく古い型ですね。二十年以上前の。もうあんまりないタイプで、鍵穴だけを取り換えるわけにいかないから全部やり直すと・・・・そうだなぁ」

お兄さんの口許をじっと見つめる。祈るような気持ちで。

「200ユーロくらいはしますよ」
「ええっ・・・」
言葉を失うとはこのこと。

「そんなに。私とても払えません」
お兄さんは私の手に名刺を渡すと
「もし直す気になったら、電話してください」

お金があれば、なんの問題もない。が、200ユーロなんて。とても払える金額ではない。

「どうしよう・・・」
また涙が浮かんで来る。その時、お隣のDさんのお兄さんが
「どれ、一回僕らで解体してみようか」
と、工具箱を持って来てくれた。

二人で汗をかきかき、ドアのカギを外すところまで成功。
「あれ、これは難しいタイプだよ。確かに素人じゃ手が出せないなぁ。残念だね」
「いいです。それがわかっただけでも。お忙しいところありがとうございました」

お礼にワインを手渡し、次の手を考える。そんなこんなでまた
「午前中」が終わってしまい、午後からレッスン。

なんとかレッスンを午後七時半で切り上げ、その足で次の目的
「新しいアイフォーンを購入&設定」
するため、電話会社へ走る。

「アイフォーン5と6は在庫がなくて、今すぐあるのは7ですね」
「いくらですか?」
「700ユーロくらい」
「ひえぇえーっ」

しばらく、頭が真っ白になった。700?って。桁がちがいすぎて、高いのか何なのかよくわからない。まるでピンと来ないのだ。

「私の人生で、こんな高い買い物をしたことはあったっけ」
思わず、記憶を巡らしてしまう。

スペイン生活20年以上。の、過去をさかのぼっても、一番高いのがピアノ。次に電子ピアノや音楽機材。次にパソコンとオウム。なので、堂々の三位に入る。

「わかりました。もういいです。買います」
うなだれたように言うと、お姉さんはくすっと笑って
「お気持ちわかります。私も自分でアイフォーンを買った時、めまいがしました」
と、笑わせてくれた。

なんというか、ここまで非常事態に置かれると
「値段が高いことより、問題を解決したい」
思いが上回るのである。

「では発注しますね。お届けは三日後です」
「えーっ、三日もかかるの!」

アイフォーンなし生活は、まだまだ続くのであった。
(明日に続く)



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