盗難事件・1

二月に私を襲った「バッグ盗難事件」は、ほぼ私の生活のリズムを全壊した。まずバッグの中に「家のカギ」が入っていたので、その夜家に入ることができない。

合鍵を友人が持っていたので彼女の家に直行。だが、運悪く留守。この時すでに夜の十時半。インフルエンザが完治しておらず
「早く熱いシャワーを浴びて眠りたい」
と思っていたところだったので、かなりこたえた。

いつ帰って来るかもわからない友人を
「二月の夜、寒い通りで待っている」
というのは、かなり絶望的な気分に追いやられる。

「もしかして旅行に行ったんじゃ」
などという恐ろしい想像にとりつかれ

「早くアイフォーンと銀行のカードをブロックしなくては」
という緊迫感で、たぶん一発でインフルは完治。病み上がりではなくなった。はず。

やっとのことで、お隣さんが帰宅。やれやれ。これで家に入れる。この時点ですでに神に感謝。カリブ海クルーズにでも行かれていたら、うちのマンションの駐車場に寝ようかとさえ思っていた。

なにしろ手持ちの現金が、3ユーロ。そう、サイフを盗まれてしまったので、現金もキャッシュカードもなく、ホテルに泊まるお金がない。

と言うか、スペインではホテルに泊まるのに「身分証明書」か「パスポート」がいるので、すでにダメなのか。この「身分証明書」も、もちろんバッグの中。

「ああっ」
その時、恐ろしいことに気づく。

「身分証明書(名前・住所入り)と家のカギを一緒に盗まれた、ってことは・・・」

まさに。
「ここに入ってください」
と言わんばかり。急に気が遠くなってくる。が、気を失っているわけにはいかないのだ。

「でも今から家のカギを変えることもできないし・・・」
とにかくドアの内側からかけ、開けられないようにつっかい棒をした。

なにしろ時間との闘い。ドロボウより先手を打たねば。いくら私が
「芸風はドタバタ」
「強靭な精神力」
と言われようとも、さすがに今回は涙が出てくる。

あぁあ、恋人でもいたらなぁ。オウムじゃ全く役立たず。その時、はたと気づく。

「アイフォーンがないってことは・・・ワッツアップ使えないんだ」
すべての連絡先をアイフォーンに入れていたので(さらにコピーも取っていなかった。っていうか、そんなこと知らなかったので)今や手書きのメモ帳だけが頼り。

新しい友人は、まったくメモられていない。うわぁあ、どうしよう。その時、私の目に飛び込んで来たのは、昔からの友人ハビ吉の電話番号だった。

「ハビー・・・」
固定電話から連絡すると、彼は夕食中だった。マドリッドのマンションで。
「どうしたの?声がヘンだけど」
「・・・・・」

その瞬間、泣き出しそうになるのをぐっと抑え、バッグもろとも盗まれたことを震えながら伝えた。悲しみと怒りと不安で。

「えっ・・・まさか全部取られたの?」
「うん、家のカギもアイフォーンも、銀行のキャッシュカードも身分証明書も、現金もすべてのカードも全て・・・」
「・・・・・・」

ハビ吉は数秒黙っていた。が、すぐに立て直し、きびきびとした口調で話し始めた。
「落ち着いて。今から言うことをメモして」

鼻水をすすりながら、ボールペンを手にする。
「まず、銀行に盗難を伝えてキャッシュカードをブロック。それからビザカードとかあれば、それもすぐに止めて。OK?」
「うん」

「次に電話会社に電話して、アイフォーンをブロック。とりあえずそこまでは今すぐやって」
「でも、緊急の電話番号がわからないよ」
「それを今から言うからメモって!」

きびきびと指示を出すハビ吉は、とても頼もしく思えた。緊急時の電話番号をすべてメモしたところで
「そこまでやったら僕に電話して。いいね」
「うん」
「大丈夫。生きてるんだから」

そこで私たちは少しだけ笑った。困った時にいつも助けてくれるハビ吉。心が不安で崩れそうだったが
「誰かがいてくれる」
だけで、私たちはふんばることができるのだ。

たとえすぐそばにいなくても。自分のことを本当に心配してくれる人がいるだけで。

全てのカードとアイフォーンをブロックしたところで、少し落ち着いてきた。その時になって初めて、自分がまだコートも靴も脱いでいないことに気づいた。

日本の父に連絡。早朝からたたき起こすことになったが仕方ない。そして、私をよく知る日本の古い友人が、ずっとメッセージを通して私を支え続けてくれた。

(明日に続く)


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