7. きみどり家恒例のゲーム大会

今日のきみどり家のメインイベントは、「スーパーでお買物」であった。
「これなんかいいんじゃない?」
「こっちも、いいよねぇ」
「もう、両方買っときん!ほら~」

そのとき、それまで無言でやりとりを見ていたべラが突如、
すごい勢いで間に入り、真剣な顔で訴え始めた。
「ノーノー(だめだめっ)」
「えっ、何が?」
「バ・ア・ルイナール・ラ・カサ!」
そして、それを訳せと言う。
「どうしたの?べラちゃん」
「う~ん。こんなにお金を使っていては、家がつぶれるって」
「ええーっ」
母は仰天し、べラを見上げると「だめだめ」と、首を横に振っている。
すっかり買い物の勢いをそがれたわたしたちは
レストラン行きを急遽変更し、
「お惣菜を買って、家で食べる」ことにした。

べラにとって生まれて初めて見る「日本のお惣菜コーナー」は、
驚異であった。
「おお~」「あぁ~」と低くうなりながら、うろうろしている。
スペインの特徴の一つとして
基本的に「選べない」というのがある。
文房具も菓子パンも、バリエーションが異常に乏しいので
「欲しいものに1番近いもの」を選ぶ。
が、これはどうだ。
「マラガのレストランより、メニューが多い・・・」
べラは、握り寿司の盛り合わせを手にし、
「半分っこする?」
「それは一人前なの!」

さて、食事のあとは、きみどり家・恒例のゲーム大会である。
これは、家族が集まると必ず行われる恒例行事で
93歳になる祖母とくも、きみどり家に来ると、
必ず「ビンゴ」には参加する。

さて、今日のゲームは「ダーツ投げ」と「ビンゴ」。
ちゃんと得点表も作られ、それぞれ8回戦の総合点で競う。
「ダーツ投げ」と言っても100均で買ったおもちゃなので
なかなかコントロールがむずかしい。
「うああ~」
「よしっ」
「ありゃ~」
ゲームを始めて気づいたが、ここに至って「言葉の問題」がまったくない。
ただ「叫んで」いればよく、数字は共通なのだ。

さて、お次は「ビンゴ」である。
「どうして、ビンゴっていうの?」
「さぁ~、ビンゴ博士が考えたのかな」
「いくよ、3」
「3?」
「あった、あった!」
べラはまったくルールがわかっておらず、きょとんとしている。
「数字のとこ、折るんだよ」
「ほら、こうして指を入れて・・・あらっ!」
母が仰天して、べラの指先を見つめている。
「まぁ~、指が太すぎて穴に入らないんだねぇ」

何度かくり返すうちに、なんとかリズムが出てきた。
「次、56!」
「ないな~、べラちゃんは?」
「あった、あった!」
5分もすると、べラは日本語で答えるようになった。
「とみ子さん、あった?」
今度は疑問形である。
ゲームは言語学習にはもってこいなのだった。
「じゃ、4回戦行くよ~」
まず、まん中を折ってゲームを始めることをおぼえたべラは
「はーい、あった!」

ゲームのあとは、お茶で一服。
床暖房の入った居間は足元から暖かく、べラはごろりと横になった。
「あああ~っ」
床暖房の初体験に、べラは恍惚の表情を浮かべ目を細めるや、
いつのまにか、すうすうと眠ってしまった。
「疲れたんだねぇ」
居間の半分を占めるべラの巨体を見下ろしながら、母はぼそりと言った。
「うちに、象が来たみたいだねぇ」

すやすやと幸せそうに眠るべラ。
きみどり家にやってきた、異国の「象」を見守る三人。
母はそっと毛布をかけると、飼育係のように
満足そうな笑顔を浮かべ、台所へ立った。

(「ニッポン驚嘆記・8」につづく)

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