第12話 絶対音感に気付く

マラガのお隣のコルドバ県で一週間に渡って催される国際音楽フェスティバル。そこに
「アキができた!」
と突然のお電話が・・・


「タンゴだったらアキがあるんだけど、どう?」
「もちろん、シイ(yes)!」
「今回は歌手とダンサー1組もつけて頼むよ!」
電話が切れた後もあまりの感動にしばしボーゼン。

さっそく歌手とダンサー探し。プロの方々はどこでも誰とでもちゃちゃっとリハーサルして
すぐ本番に望めるのだ。うらやましい。私はさっそくタンゴの編曲にとりかかる。
ショッピングセンターのファミリーコンサートと違って今回は有料の劇場のコンサートだ。
こういう時“マラガ下町コミュニティ”はその力を存分に発揮する。
まずソニアが舞台と知って古着の黒いドレスを譲ってくれた。
「もも、お化粧もしたら?それじゃ舞台映えしないよ」
とメークさんも現れる。まあ彼はゲイのダンサーなんだけど。
コミュニティの基本理念は
“労力(できること)で助け合う”
なのでそのお返しに私は“料理”と“肩もみ”そしてみんなの広告(「レッスンします」
「仕事望む」などの)をパロ地区のお店や電信柱に一枚ずつ貼って廻った。
リハーサルはうちのサロン(リビング)で週に2回。
コントラバスのエルネストは音楽学校出身なので知識や理論はバッチリだ。
私は耳だけが頼りなので
「ここはこう弾いた方が響きがいいなぁ」
なんてタラランと弾くと
「おっ、代用コードだね。やるなぁ」
なんて、言われてもわかんないんだけど。

だいたい和声(コード)の呼び方さえ知らなかったので
「ここはエーマイナー」
とか言われるたび
「その音、弾いてみて」
とお願いし、耳で
「ああ、ラドミね」と確認し
手帳に書き付けひとつひとつ覚えていった。
「この音、加えるといい感じだなぁ~」
とドミソのあとに♭シやレやファを加えて弾くと
「そりゃセブンスやナインスのテンションノートだよ!ジャズの基本。
ももは耳がめちゃくちゃいいんだから
一度コードとハーモニーの勉強すると絶対いいと思うなぁ」
エルネストはそう言ってくれるけど、まだ電子ピアノの借金も返せてないのにとても
勉強にお金を使うことはできなかった。
それに何よりピアノが欲しかった。バイオリニストがバイオリンを
コントラバヒストがコントラバスを持つように。

私は“音楽用語一覧リスト”を作っていつもリハーサルに臨んでいた。
だいたい音楽用語があたりまえだがすべてスペイン語なので、ト音記号からして
「クラベ・デ・ソル」って何なんだそれ?
コードのAmだって日本は「エーマイナー」だがスペインは「ラ・メノール」
って喫茶店の名前じゃないぞ。いったい自分の知識がないのか
スペイン語だから分からないのか自分でも判らずくらくらしてくる。
そんなある日、エルネストが声をあげた。
「ももはいいなぁ! オイード・アブソルート(絶対音感)があって」
「絶対音感!?」
そんなもの会社員生活では全く必要とされていなかったので
備わっていることすら知らなかった。
「絶対音感って耳の発達が止まる5才までに音楽を始めた人に多いんだよねぇ」
とベラもうなずいている。
「ももは何才でピアノ始めたの?」「2才半でオルガン、3才でピアノ」
「おお──っ!」
「すげぇ!」
初めて私が驚かれる番だ。そういえば母が言っていたっけ。
「まだ自分の名前も書けない時にドレミファソラシドは書けたねぇ」
“あの時の両親の決断が今の私の耳を作ったのか”
その事実にさらにくらくらしながら両親に向かって合掌した。

(第13話につづく)

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