我道・手続き問題(1)

【一日一作プロジェクト】「我道」を作った。本日より新連載「手続き問題」がスタート。実は、2年に渡る手続き問題。その対象は私ではなく、

「20年一緒に暮らしたオウム」

全ては2年前、マンション退去が決まったところから始まった。私の1番の心配事は

「オウムのココをどうするか」

一緒に住むのが、もちろん1番いい。が、ここ数年マラガの賃貸料の高騰はすさまじく、最低「600ユーロ(10万円)から」なので、私のような先もわからぬ者は、とりあえず格安物件が見つかるまで

「部屋をシェア」

するしか道がない。オウムを住まわせてくれるオーナーはほぼ皆無で、次に考えたのは「日本の実家に連れて行く」だった。ところが、当時スペインは鳥インフルエンザ発生国リストに入っており

「現在、いかなる鳥も日本への入国は認められません」

と厚生労働省から返事がきて、その道も断たれてしまった。そこで、仕方なく「養子縁組」の可能性を探ることに。それからの動きは、前にブログにも書いたとおり。ざっとお伝えすると

鳥の愛護組合、動物保護センター、エキゾチックアニマル保護協会、動物園・・・などに連絡しまくり、ココを受け入れてくれる場所、人を探す。個人的に「もらってくれる」人はいたけれど、私には絶対に譲れない条件があった。

「他のオウムがいること」「鳥かごの中に一日中入れられていないこと」そしてできれば「メスのヨウムとつがいになって、新しい生活を始め、幸せになってほしい」

恋人と一緒にいるのが楽しくて、私のことを忘れてしまうくらい。新しい命が生まれるかもしれない。鳥としての、つがいとしての暮らし。歓び。それを味わってほしい。せめて、私といられないなら。

「ココを連れてうちに来ない?」

そんな中、出会ったぺぺは真の鳥好きで、田舎の家の敷地内には「5メートル近い鳥のゲージ(屋外遊び場)」があり、ナナちゃん(若いヨウムのメス)のための恋人を探していているところだった。

「お婿さんを迎えて幸せに暮らすための、2人の家(自動暖房付き)を準備中だよ」

と、写真と動画が送られてきた。「鳥かごはないよ。安心して」ぺぺの言葉に背中を押され、ココを連れて電車に乗る。マドリードまで2時間半、地方行きの特急に乗り換え2時間。さらに、ローカル線に乗り換え、のべ5時間半の旅(写真)。

「来たこともない町で、会ったこともない人を待っている」

鳥かごを胸に抱え、駅前のロータリーに立っていると、心細さで涙があふれてくる。この先、ココはどうなるのか。それを考えると足元がふらつき、体がぐらぐらと揺れた。 

「もも!ココ!こっち。よく来たね」

ぺぺの車で、そのまま動物病院へ。ここで検査をして「陽性が出ると」養子縁組の話はふっとび、このままマラガへトンボ帰りとなる。とはいえ、先生は

「こんながっしりした健康的なヨウムは見たことがない」「目もきらきら。羽もつやつや」「マッチョでもてるよ〜」「メスがほっとかない」

と健康体であることを確認。やっとぺぺの家へ。家族のみなさんに温かく迎えられ、メスのナナちゃんはすぐに私たちになついてくれた。ココを見るや「一緒にあそぼ〜」と踊りながら近づいてくる。かわいい〜。

「これ以上の環境はない」

と、その場で決意。ぺぺとナナちゃんに、ココを託そう。私が悲しいとか、辛いとかはどうでもいい。それは自分でなんとかする。それより

「ココが幸せになれるか」

それだけ。ぺぺは「試してみよう。ダメならまた考えればいい」と、背中をやんわりと押してくれた。どうか2人が仲よく幸せになれますように。それだけを祈りながら、帰りの列車に乗り込む。

「行きは2人。帰りは1人」

なんてさみしい旅だろう。愛する者を置き去りにする。その苦しみ。痛み。絶望的、圧倒的な喪失感。私の心は完全に壊れていたけれど、今できるのは2人の幸せを祈ることだけ。

マラガに戻り、ペイントに明け暮れ、退去までの1ヶ月で100作以上を爆作(本日紹介の作品もしかり)。ハビ吉宅へ移動し時間はできたものの、思い出の品々、私物、お隣さん、ルーティン、毎日そばにいてくれたココ。何もかもが

「ある日を境に一瞬でなくなり」

自分自身が崩壊していくのを感じていた。そんな中、ぺぺから届く写真や動画だけが、私に安らぎを与えてくれた。何度も何度も動画を再生して、ココの表情や動きを眺める。抱きしめてあげたい。名前を呼んであげたい。でも・・・

「幸せであってくれれば、私のことを忘れてしまっても、二度と会えなくてもかまわない」

ココが幸せであってくれるなら。ただそれだけを祈りながら、日本へ一時帰国。実家のリフォームに全力投球。二重窓、DIY床暖、薪ストーブ。真冬が来る前に。そして年が明けた2023年。驚くような連絡がスペインから入る。

「ココに問題が・・・」

ぺぺの口調は重く、それだけで何かよくないことが起こったのはわかった。そして。まさにその事件こそが、それから2年に渡る「手続き問題」の幕開けとなるのであった(明日に続く)。

★作品紹介「我道(ミ・カミノ)」。「道」文字。2022年秋。絶望的な喪失感の中、叩きつけるようにペイント。ミ・カミノ(我道)を切り拓きたいと願う、強烈な思い、内なる叫び、痛みと情熱。

 

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