第36話 血中マラゲーニャ値上昇中

“音楽屋稼業”に慣れるのはそれほどでもなかったが
“日雇い稼業”に慣れるには苦労した。仕事がなくなるたび、ぷっつりと収入が途絶える。
次の収入が一体いつでいくらなのか全くわからない。
それが“日雇い”ということだった。
その上、観光客の多い夏季(4月~10月)にまとまって仕事をするので
“季節労働者”であり
さらに“肉体労働者”だった。

最初は収入が途絶えるたびに不安にかられ“最悪のケース”を何度も想像したものだった。
が、その何十日目かに悟った。

“想像したことの一つも実際には起らなかったじゃないか!”と。つまり
“現実は想像を裏切る!”のだ。

その体験はどんな窮地に追い込まれても自分を失わない心の余裕を与えてくれた。

そしてこの先、何が起っても、その時、何をするかはわからないが
“自分にできることを全力でやる!”
それでいいんだと思うようになった。
する内容ではなく
“全力でやる”生き方が私なんだ。オ~レ!

週2回演奏していたイタリアン・レストランでのこと。
オーナーはイラン人だがイタリアン。
ある日、いつものように出かけて行くと様子が何かおかしい。
台所から煙がもうもうと立ち昇っている。聞けば
「火事で焼けちゃったんですよ」
って、私たち音楽屋への連絡はもちろんなし。ギャラを当日払いにしておいて本当によかった。
あのイラン人は今どこに…。

この仕事を始めて判ったことだが、レストランというものは結構潰れるものだ。
お客さんとして行っているうちは気づかなかったが、オーナーやボーイと
親しくなるにつれ、客の入りが少ない日など一緒にため息をついてしまう。
次から次へと問題が起るレストラン経営を目の当たりにすると
“ああ~日雇い音楽屋でよかった!”
とさえ思えてくる。

さてマルベージャのトーレケブラダホテルで催されるカクテルパーティのため移動する車中、
私たちトリオ(ベラ、エルネスト、私)は行ったことのない国を想像していた。
昨夜の担当者からの電話で発覚したのだが音楽プロダクションのでっちあげで私たちは
“中央アジアからやってきたジプシーミュージシャン”ということに
なっているというのである。
国籍はベラがハンガリー(血筋的には本当だ)
エルネストがブルガリア(スペイン人だが顔が似ているからと)
私が旧ロシアのカザフスタン。
「ジプシーっぽく派手に着飾ってきてよ!」
と音楽プロダクションのお方。
ジプシーっぽくったって…ねぇ。
一体カザフスタンってどんな国?
で、私は叫ぶ。

「トド ソルシオナ(すべては解決される)」
「ディスフルタモス(楽しもう)!」

あー、気分爽快。大声で叫べば気合だって自然と入る。
ふと見ると車の窓ガラスに映った顔
“ガナ(やる気)”でてかてかと輝いているではないか!
自分で言うのもなんだが本当に楽しそうだ。
「うーん」
なんという…。
自分でも気づかぬうちに“血中マラゲーニャ(マラガ人)度”は
確実に高くなっているのだった。

(第37話につづく)

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