第19話 お線香に赤ワイン

音楽屋の面接とはズバリ“弾くこと”だ。履歴書すら要らないことが多いマラガ。
何も書くことがない私にとっては好都合だった。

今日は隣町マルベージャまで面接に行く。レストランのオーナーはイギリス人で
自らピアノも弾き小劇場の舞台にも立つ芸術家。
そんな人の前で弾くのかと思うとやはり緊張する。
「こちらへどうぞ」
通されたサロンに置かれた木製のアンティーク風のグランドピアノ。
その周りにずらりと興味津々の顔が並ぶ。オーナーの
「クアンドキエラ(お好きな時にどうぞ)」
で私たちは弾き始める。
「枯葉」「フェリシア(古典タンゴの名曲)」「チャルダス(中央ヨーロッパのジプシー音楽)」など
各ジャンルのスタイルの違う曲をいくつか選んで演奏。
いつもそうだが演奏する時、一番緊張するのは弾き出す前で
一旦音が出たらあとは自然に流れていく。音楽が私たちを導いてくれる。
温かい拍手の後
「OK! 来週から週2回頼むよ」
その場でOKが出た。やった!私たちはうちに帰ってさっそく祝杯。
それも今回は6ヶ月の契約である。私はお線香に赤ワインをお供えして
“面接うまくいきました。仕事も頂くことができました。ありがとうございます“と
両手を合わせた。

最近ではベラもお祈りするようになり自分の亡くなった両親や祖父母の写真を
どこからか引っ張り出してきて飾っている。この間見たら
浜辺で拾ってきた貝殻や松ぼっくり、ガラスのかけらまでお供えしていて
「どうか僕におばあちゃん、力をください」
とうなっている。こっそり背後から覗き込んだら宝くじの券がリンゴの横に置かれていた。
「僕が小さい時、うちのおばあちゃん、いつも当ていたんだよねぇ」

ベラの家族はみんなハンガリー人で先祖代々ハンガリーに住んでいたのだが
仕事がなく南米のウルグアイに家族揃って移住した。そこで住み込み使用人、
住み込み店員などしながら働きに働き、15年後には家を持つまでに至ったのだ。
父親はベラを“自動車修理工”にしたかったが
祖母とピアノをたしなむ母は、ガンと譲らず、長男であるベラに
バイオリンレッスンをつけたのだった。

ウルグアイの公用語はスペイン語なので、ベラは学校はスペイン語だが
家の中はハンガリー語という環境で育った。ウルグアイの町は“タンゴ”だが
家に帰れば“中央アジアジプシー音楽”というぐあい。
にわとり、豚、馬などに囲まれて比較的幸せな幼少時代を送ったベラだったが、
そんな平和な生活を奪う魔の手が静かに忍び寄っていた。
1962年のことだった。

(第20話につづく)

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