張り紙コマンド部隊

スペインは不況のまっただ中にある。
新年あけていきなり、電気代は上がるは、罰金は増えるは、
意味不明の手数料はかかるは・・・
どう見ても、スペイン政府の苦し紛れの「集金」にしか見えない。
そんな中で、市民は寒風に吹かれながら「職探し」である。

わたしたち音楽屋も例にもれず、不況の波にどっぷりと飲まれた。
ホテルやレストランに電話をするが
「それが全然、人が来ないんです・・・」
と、真っ暗な声でうめかれた上、わたしたち音楽屋を相手に
「もうお店閉めて、職を変えようかなと思ってるんです・・・」
「このままじゃあ、続けていけませんよ、いったいどうしたら~っ」
と、喜怒哀楽の「怒」と「哀」だけが、くり広げられる。気持ちはわかるので
「そうですね、大変ですよねぇ・・・」
などとあいづちをうち、なんとか元気になってもらうよう励ます。

「演奏は春からプロモーションするとして、まずはピアノ&バイオリン教室!」
仁王立ちをしてべラに告げると、マテ茶を手に顔だけこちらを向け
「また、張り紙?はあぁ~っ・・・」
と、おせんべいへのばした手が宙でとまる。
「近所を回って、お店に貼ってもらいましょう!」

さっそく我らがエル・パロ地区からスタート。
八百屋、パン屋、お菓子屋、文具屋、薬屋・・・手当たり次第に尋ねる。
「こんにちは~、張り紙してもいいですかー?」
「どうぞ~」
手作りした広告を、テープで貼っていく。
それはいいのだが、これでは非常に「効率」が悪いことに気づいた。

わたしたちのやり方は
「べラが広告を壁に押さえつけている間、わたしがテープを切って
4辺をひとつひとつ貼り付けていく」
一見、問題はなさそうに見える。
が、これではまず「一人で広告を貼りに回る」ことができない。
さらにつっこめば、二人でいっしょに張り紙をするのでなく
同じ時間に、それぞれが別の地区を回った方が、断然能率はいいはずだ。
「なんとかしなくては!」
家に帰ると、ひたすら考え続けた。

「べラ、できたっ!これ、見て」
一晩考えて編み出した「張り紙を効率よくする方法」を、べラに披露。
「広告の、この右上の端を持って、ズバーッと下に引くと、ほらっ!」
「おおーっ」
何にでも素直に感動するべラは、アシカのようにパチパチと手を叩いた。
「ねっ、これなら、一人でもできる上、次々貼っていけるよね!」
「そーか、最初から広告の周りにテープを貼っておけばいいんだー。
1枚1枚クリアーファイルの上に貼っておけば、すぐにはがせるもんね!
じゃ、さっそく行ってきますっ!」
べラは自転車に飛び乗ると、さっそうと出かけて行った。

1時間後。
「ただいま~、全部貼ってきたよ!」
「ほんと?だいじょうぶだった?」
「大成功~!このシステムを使えば、僕はもう『張り紙コマンド部隊』!」
「・・・・・」

この日を境に、べラは毎日の「自転車の散歩」に
「広告ファイル」を引っさげて行くようになった。
その各ページには、広告が1枚1枚貼り付けられている。
「いってきまーす!」
心なしかべラの表情が、きりりと引き締まっている。
そうか、これまではただの「張り紙はり人」であったが
今日からは「張り紙コマンド部隊」。特別部隊。特殊能力を持った集団。
ま、一人だけど。
べラ、がんばってね。

 

~音楽と絵の工房~地中海アトリエ・風羽音(ふわリん)南スペインだより