第70話 アンダルシア猛暑の旅

「ああ~カンポ(田舎、原っぱ)に行きたい、自然のあるとこに出かけたい!」
とテラスから身を乗り出しながら、犬のようにべラが訴えたので、
「じゃあ『シエラ・デ・カソーラ国定公園』に行こうよ。マラガから北東360km、
山と湖に囲まれたアンダルシアの聖地。ごみ一つなくて、車の進入規制まである・・・」
「行きたい!」
「でもちょっと遠いから、4,5日の小旅行って感じだね」

カソーラには、ずっと行きたいと思っていた。
3年前、古本市で偶然見つけた『カソーラのすべて』という本。
その本に載っている写真がすごい。なにがすごいって、
この乾いたアンダルシアの大地に、こんな『木陰と渓流の別天地』が本当にあるのか、
と疑いたくなってしまうような、幻の写真集なのである。
ページをめくるたび、信じられないような光景が目に飛び込んでくる。
森林、清流、木陰、渓谷、そして緑色の天然プールで水浴びをする人々。
「まさに極楽図じゃ・・・」
さっそく宿泊先を検討。パラドールとホテルは高いのでパス。山小屋風ロッジは電話を
してみると、なんと1泊60ユーロ。わたしたちがよく使うオスタル(民宿)でさえ
シーズン中は1泊40ユーロ。
予算は5日で180ユーロ、一気に雲行きが怪しくなる。
やはりこの予算で5日は無理か・・・と、あきらめかけているところへ
「もっと安いところがあるよ」
「えっ、どこ?何?」
「キャンプ場。僕がテント張ってあげる」

正直言って、『バケーションでテント』とは、思ってもいなかった。
最後にキャンプしたのがいつかすら、思い出せない。
だいたい、わたしが思い描いていたのは
『上高地風ロッジで、サマードレスに身を包み、ビールを飲んでいる』図なのだ。
それがまたしても、Tシャツに自炊セット?
確かに、大人2人で、車、シャワー、炊事場、トイレ、プール込みで14ユーロ、
予算の180ユーロで5日間過ごす唯一の方法には、ちがいないが・・・

結局、キャンプ野郎(ベラ)の幸せそうな笑顔に引きづられ、またしても
『ボロボロ・ルノー、キャンプ野郎と行く自炊生活』となるのであった。

さてこの年、アンダルシア地方は60年ぶりの猛暑で、
「~村は42度、~村では45度、ニワトリが死亡・・・」
などと、毎日TVでやっている。内陸部の暑さは想像を絶するもので
アンダルシア人はみんな、こぞってわれらがコスタ(海岸部)をめざすのだ。オーレ!

そんな海岸部に住みながら、わざわざ内陸部をめざすなんて
「きっと、僕たちくらいだよね」
実際、ハエン県に向かうムルシア街道は見渡す限り、車1台ない。
窓から手を出すと、お風呂につかってるように、もわ~んとあったかいのだ。
「ひや~、体温より外気の方が高い、ってことは・・・」
考えたくもないが、朝の11時ですでに36度以上、いったいこの先どうなるのか。
あっというまに、水2リットル、ジュース3本、お茶1リットルを飲み干し、
「ああ~っ、水、水!」
と、耐え切れず車を止めては、水道水を入れた5リットルのボトルを逆さにして
全身にかぶる。が、空気の乾ききっているアンダルシアでは、びっしょり濡れた髪が
5分で乾いてしまう。肌なんて、瞬間乾燥だ。
「ああっ、早く『フーフー』貸して!」
って、今回の旅の一番のヒット備品は、ベラ愛用の『霧吹き』。
ふだんは愛する植物のために、フーフーやっているが
今回はわたしたちに、フーフー。
「すばらしい~、湿気だ~」
「僕たちのラクダは、いいラクダ~♪」
って、鼻歌が『車』でなく『ラクダ』になってるぞー。

午後6時、やっとカソーラに到着。
アンダルシアを代表する大河、グアルダル・キビル川のほとりにあるキャンプ場は
木陰いっぱい。まさに7時間ぶりの日陰。おお~っ。
さっそく荷をおろし、テントを張る場所を決める。
気温は一向に下がる気配もなく、まるでスープの中にいるよう。
「さあ、クギを打って、テント張るから」
と斧(背のところで打つ)を手渡されるが、考えるだけで気が遠くなる。
ビールを飲んで無理やり元気を出すが、出るのは汗ばかり。
地面に一打ちするたびに、ぼおっと顔から熱が吹き出てくる。
『テラスでサマードレスにビール』のはずが
『太陽の下、Tシャツに斧』だもんなぁ。
わたしたち、バケーションしにきたんじゃなかったっけ?

なんとかテントが完了。やれやれ。
あんまり疲れて、11時すぎには眠ってしまった。
野生動物の声を遠くに聞きながら、カソーラの夜は更けていく。
このときまさか、この数時間後に正体不明の生き物にテントを襲われ、
飛び起きることになろうとは、思ってもいなかった。

 

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