第2話 一文無しになる

「音楽屋になる!」と決めスペイン、マラガに乗り込んだまでは良かったが、
わずかその2週間後に現金、パスポート、クレジットカード
一切を盗まれ一瞬にして一文無しに…。

泥棒はどこにでもいるのだった。あるのは手元にあった現金3万ペセタ(約25,000円)のみ。
「あわわわわ…」
ショック状態のまま銀行へカードを止めに走り、警察に盗難届けを出し
すぐさま夜行バスでマドリードへ行き大使館でパスポートを再発行してもらう。
翌日夜行バスでマラガへとんぼ返り。ここまで丸3日ほど。
行く当てのない私は一人マラガの浜辺に腰をおろして
目の前に広がる地中海を見つめていた。

「これからいったいどうしよう」
とは思ったが
「帰りたい」
とは思わなかった。
それが2月というのにすごい天気なのだ、マラガは。
真夏のように太陽の日差しが強烈に降り注ぎ
脳天から汗が噴き出してくる。あまりの暑さにセーターを脱いで
Tシャツになるがそれでも暑い。さすが、コスタ・デル・ソル(太陽海岸)!
「一体何なんだ、この天気は!」
見上げれば雲ひとつない青空。それがあんまり青すぎて紫がかっている。
「はあ~!きれい」
こんな状態のときに不謹慎なのだろうが何だか嬉しくなってきた。
「こんなところに私、住めるんだなぁ~」
「どうやって?」とは考えられないくらいマラガの青い空と緑色の海
眩しい陽射しに感動していた。
私は“抱きしめられている”のを感じた。
何に?
マラガに、陽射しに、潮風に、青空に。
「人生はまだは始まったばかり。こんなの“洗礼”と思えばなんでもない!」
私はすっくと浜辺から立ち上がると3日前知り合ったばかりの銀行と警察に
「お金を貸してください」と頼みに行った。他に知っている人なんか誰も居なかった。
その銀行の人たちは昼食も食べずにわたしに付き添って
警察に盗難届けを出してくれた後
「何かあったらいつでも言って」と自宅の電話番号まで教えてくれた。
そのうちの一人カルロスさんは、被害届けを出す間、何度も笑いかけ
「これでマラガをキライにならないで。いい人だってたくさんいるよ。
僕みたいに(笑)!」

こうして見知らぬパロの人たちの助けを借りながら私のマラガ生活は始まった。
本当に何もなかった。パソコンもケータイも住む所も仕事の予定も。
でも今までいつも物や人や仕事やしがらみに囲まれ
がんじがらめにされていた私にとって“一文無し、服5着に洗面道具”というのは
初めて体験する“0の現状”“0の私”だった。
なんだかすがすがしい気分にさえなってくる。
「一文無しになるなんて、誰にでもできることじゃない!」
そう思うと不思議な感動すら沸いてくる。身ぐるみ剥がされて
見知らぬ人にお金まで借りなきゃいけなくて一体これって何なんだ!?
それでも“今日から始まる新しい私、新しい人生”に
めきめき力が湧きあがって来るのを感じた。
「早くマラガで友だちを作りたい。まずは住むところを見つけなきゃ!」
スペイン語ができないせいで、警察で盗難届けを一人で書くこともできなかった。
「スペイン語も話せなきゃ!」
マラガの多くの日本人留学生が語学としてスペイン語を
勉強している中、私は生きていくためにスペイン語を必要としていた。
「まずは住む所、食べ物、そしてエスパニョール(スペイン語)だ!」
セ・アルキラ(空室あり)と書かれた看板の吊り下がるマンションを
探してパロの通りを歩き始めた。

(第3話につづく)

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