生還せよ!平穏の星へ

【一日一作プロジェクト】「生還せよ!平穏の星へ」を作った(2022年の作品を紹介中)。地下鉄に乗ったら、目の前の女性が

「泣いていた」

呆然とした表情で。声も立てずに。涙は次から次へと溢れてくる。私はそっと視線をはずし、窓の外を眺めた。

30代半ばの女性。その足元には、大きなスーツケースが置かれている。どんな事情があるのかはわからないけれど、

「別れ」「喪失」

ほど、私たちを打ちのめすものはない。愛する者を失う。それは、私たち自身の喪失でもある。愛する者を失う時、私たちは

「幸せだった時の自分を失う」

まるで自分の一部が切り取られ、死んでしまうような。その苦しみは、たいてい3段階のプロセスで襲ってくる。

「失う前」「失った瞬間」「失った後」

という三部作で。まだ血のにじむ傷口の上に、容赦なく次の刃(やいば)を振り下ろす。痛み、悲しみ、怒り、絶望・・・何十回、何百回と私たちを殴打する

「別れは、点でなく線なのだ」

長い闇のトンネルを、光に向かってひたすら進む。私自身、何度か列車やバスの中で泣き続けたことがある。周りも気にならないほど、いや、あまりに絶望に打ちのめされていたので、私の心は

「この世ではなく、別の世界に」

あった。その時「自分はひとりぼっちの氷の星に住んでいる」と感じていたことを、ふと思い出した。彼女は今きっと、別の星にいるのだろう。涙なんて何でもない。心に開いた傷口から溢れ出す鮮血に比べたら。

「あなたにはすばらしい人生が待っている」

そう言われても、信じることなどできないだろう。それでも、できる限りの思いを、温もりを込めて彼女を見つめ、心の中でハグをして列車を降りた。

「幸せになろう」

そのために、私たちは生かされた。まだ命の糸は、切られなかった。私たちには、まだやるべきことがある。

「奪われたのでなく」「役割を終えて去って行った」「もともと自分のものではなかった(この世の全ては)」「人生の一部を分かち合うために与えられた(最期まで共にするためでなく)」

と心から思えるのに、どれだけの時間がかかるのだろう。私自身、闇のトンネルからの生還者。だからこそ、傷ついた心にそっと寄り添いたくなる。

「生還せよ!平穏の星へ」

「遊異結」「ARMONÍA(ハーモニー)」「PAZ(平和)」「DEMOCRACIA(デモクラシー)」文字がひとつに。

みなさま、すてきな日曜日を。

 

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