11. 歯医者と鍼灸医院へ行く

今日のわたしたちのメインイベントは
「歯医者に行く」と「鍼灸医院に行く」であった。
前者がわたしで、後者がべラである。

ニッポン帰国の1ヶ月前、突然奥歯の「つめもの」がぽろりと取れ、
「あややや・・・・」
と、あやうくパエジャといっしょに飲み込みそうになったのだった。
その、小さな銀色のつめものは、なんだか愛おしいものに見えた。
わたしはそっとハンカチで包むと、大切に日本に持ち帰った。
どれくらい大切って、「パスポートといっしょ」と言えば
わかってもらえるかなぁ。

さて、いつもお世話になっている豊橋の高師駅前にある
大河歯科に行くと、先生は開口一番
「あら~、下が虫歯になってるから、このつめものじゃだめね」
と、おっしゃった。
「虫歯になってますか」
「ええ、虫歯をけずってから、つめなおしましょう!
 それで、麻酔はかけます?それとも麻酔なしでけずっちゃう?」

わたしは5秒くらい考えてから、先生に尋ねた。
「麻酔なしだと、痛いですか?」
「いや~、そうでもないよ。あっというまだから」
「1分くらい?」
「そうねぇ~♪」

痛がりのわたしは、正直迷った。
1分といえども、激痛では耐えられそうにない。
が、そのときわたしの心に浮かんだのは今夜の夕食、
「和食レストラン」の図、であった。
「先生、麻酔をかけるとそのあと、口がしびれて動きませんよねぇ」
「そうねぇ、2,3時間は変な感じかも」
それで、決まった。
「麻酔なしで、お願いします!」

「ジジジ~、ヒュン、ガリガリ、ヒュ~」
恐ろしい音とともに、虫歯は確実に削られていく。
先生の「あっというま」という言葉を、呪文のように唱える。
「あっというま、あっというま・・・・」
イスの上で身を固くしたまま、くりかえし唱えていると
肉体と精神の不思議な融合の世界、
「あっというま教」へ洗脳されていく子羊に思えてくる。

ときおり、ぞくっとするような痛みが走るが
「これも、日本食のため!」
と、自分に言い聞かせる。日本食のためなら、なんでもない!
「はい、終わりましたよ」
大河先生はいつも元気で、さわやかだ。
「あ、あ、あありがとうございました」
いつのまにか、なみだ目であるが
人生、苦あれば楽あり。

さて、お次はべラの「鍼灸医院」である。
実は、「はりに行く」のは、べラの「積年の夢」であった。
数年前にTVで「東洋の自然治療法」という
ドキュメンタリー番組を見てからすっかり、
漢方、はり、きゅう、指圧、整体・・・・などに傾倒し、
できれば「すべてやってみたい!」と夢みていたのである。

「はりの予約とれたよ!」
そんなべラのために父が電話をかけまくり、
ついに実家の近くにある鍼灸医院を探し出した。
「ありがとう、ありがとう。お世話になります」
べラはとてもうれしそうだった。
本当に、鍼灸の意味がわかっているのか不安もあったが
本人が望むことなので、まぁ、いいであろう。

「よろしくお願いします」
「はい、じゃあ始めますね。通訳してもらうから、ここに座って」
わたしたちは、うつぶせになったべラを囲んで、
「背中、腰、足が痛い」と訴えるべラのために
心をひとつにした。

柴田鍼灸医院の柴田先生は、
とても気さくな方で、治療中もなごやかな雰囲気。
はらりとときどき笑顔がこぼれ、冗談なども言ってくださる。
「バイオリンを弾いてるからかな、上半身が完全に左向きによじれてるね」
「ふくらはぎが、パンパンだねぇ、足湯をやるといいよ」
べラの体中を触りながら状態を確かめる。いよいよ、はりが登場。
「チクッとするかもよ」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
べラは、先生と東洋の自然療法を信頼しきっているので、
幸せそうに、目をつぶっていた。

「彼の長年の夢なんです、ずっとはりがしたくて。
 スペインから、日本に来たかいがありました」
「ええっ、それでうち?スペインから来て、うちなの?」
「そうです、柴田先生」
「いやぁ~、こりゃまた、まいったなぁ」
柴田先生は素朴で、そしてとてもお茶目な方だった。

そして、40分のセッションが終わると、
ふらふらするというべラを連れて「和食ディナー」を食べに行き、
くらくらするというべラは、
そのまま夜の8時半には、イビキをかいて寝てしまった。

その夜、べラの寝言で目が覚めた。
なんと、それは日本語で
「・・・お願いします~・・・・ありがと~、はい、ありがとう・・・」
と、いっしょうけんめいお礼を言っているのだった。

(「ニッポン驚嘆記・12につづく」)

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