第54話 サウジアラビアの大富豪は音楽がお好き(後半)

4時間の前菜のあと始まったディナーは目もくらむような豪華さだった。
一年で一番盛大なはずの5ツ星ホテルで企画される“大晦日&新年パーティ”が
お子様のお誕生日会にしか見えない。

こんなに自分の家で豪華だったら、この人たちはホテルに
行けないのではと他人事ながら心配になる。
次々と運ばれてくるお料理は
パステーラ(鶏肉をパイ生地で包みシナモンと砂糖で味付けしたもの)
ハトの煮込み、羊のひざ肉、スモークサーモン、ローストビーフ
他にもアラブ風煮込みが10種もあったろうか。

既に夜の1時だが王様だから時間なんて関係ないのだ。
幸いカルロス氏が話をつけてくれてあと30~40分弾くだけでよいことになった。
はぁ、まったく毎回”聞いてないよ~”が必ず待っているんだからなぁ。

結局8時から夜中の2時まで演奏し空腹と疲れでふらふらになり
機材を片付け始めた。その時だった。白装束に身を包んだ王様が
ふわりと裾を翻して私たちを手招きする。
「まさかまだ御満足いただけないというんじゃ…」
と脅えながら近づいて行くと、穏やかな微笑をたたえながら
その右手は料理の山に向けられている。召使の方が
「どうぞ、御自由に召し上がってくださいとのことです」
御自由に召し上がるの?これを?

もう疲れも忘れてアラブ料理を心ゆくまで堪能した。
アラブの王様はこんな音楽屋風情のことも忘れてはいなかったのだ。
それはもう夢のようなひと時だった。

ホテルなどでも普通、音楽屋にはサービススタッフは付かないが
ここではタキシード姿の召使カリムさんが付きっ切りでサーブしてくれた。

「どうぞ、デザートです」
ってこれがまた天にも昇る味。こんな味のスウィーツ
食べたことがないとカリムさんに伝えると
「ピスタチオをつぶしてペーストにしたクナファというエジプトのデザートです。
あっ、それではジュースもお召し上がりになりますか。きっとお気に召すと思いますよ」
グラスに注がれて運ばれてきた乳白色のネクター風のドリンク。
“トロピカルフルーツかな”なんて思いながら一口飲んで仰天。
なんという風味、香り、まろやかさ、甘さ。

「こんなおいしいジュース、飲んだことがないっ!」

と絶句する私にカリムさん微笑みをたたえながら控えめに、
しかし威厳をもってこう答えた。
「これはエジプトのフルーツでガワファと言います。
15日おきにエジプトから一箱、輸入しているのですよ」
エジプトから輸入?ジュースのために?今、私が飲んでいるのって、
そのエジプトから空輸されたフルーツで作られてるの?って、
思ったらその衝撃で足元がふらついてしまった。

今までにいろんな国の人たちの前で演奏してきたけれど、
ミュージシャンに対して一種の尊厳と愛情をもって接してくれたのは、
圧倒的にイスラム圏の人とロシアの人たちである。
チップの額だってハンパじゃない。日本のお金持ちの方々も、
どうぞアラブの大富豪やロシアマフィアのように、芸術にお金を注いではどうでしょう。
ビジネスとしてではなく、今日あなたのすぐ隣で描いている画家の卵や
ミュージシャン、ダンサーたちが今日一日を生き長らえ、
いずれあなたに”感動”というプレゼントを届けに現われるのを
のんびり待つのも楽しいではないですか。

(第55話につづく)

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