第48話 キャンプ野郎とボロボロルノーで行くモロッコの旅(後編)

初めてのアフリカ大陸上陸に、意気揚々のモロッコ第一夜は、
山間の小さな町、テトウアンだった。
うろ覚えのベラのフランス語と、日本語ガイドブックを頼りに
何とか2つ星ホテルにたどり着いたものの、何とゆー暗さ。
何も建物が灰色で古いせいばかりでなく、
マンガに出てくる”おどろおどろ背景”が揺らめき立ち昇っているのだ。
大丈夫かなぁ。

恐る恐る建物の中に入ると、やっぱり暗い。
フロント以外どこにも電灯がついていないのだ。暗がりでおじさんの
モロッコなまりの怪しいスペイン語を聞いていると、
いっそ大金をはたいても5つ星ホテルに行きたくなってくる。
その日の宿泊客は、なんと私たちだけ。
なのに部屋が3階なもんだから、真っ暗な廊下を手さぐりで電気をつけながら、
よろよろと登っていくのだ。
いったいどんな部屋なんだろう。

確かにキャンプ野郎の自慢の自炊セットは軽量だったが、
材料のミネラルウォーターや米がやたら重い。
これらを背負って、はあはあ言いながら階段を登って行くって、
まるで山岳部の登頂トレーニングみたいだ。

なんとか部屋までたどり着くと、荷を降ろせる喜びでもう部屋の内容なんて
どーでもよくなっていた。はぁー、
とベッドへ身を投げ出したとたん、
「窓を開けて!早く」
と指示がとぶ。まったくこれだからキャンプ野郎はなぁ、
とぶつぶつ言いながら立ち上がると、
「久しぶりのディナーと思ったろうが、そうはいかんぞ!」
と言うなり、いつのまに持ってきたのか殺虫剤スプレーを
右手にベットの上に立ち上がっている。
いったいどーしたのだと、その視線の注がれた先を見ると、
なんと!めったに来ない旅人をひたすら待ち続ける
何十匹という蚊で、天井が点々になっているのだ。ひぇ~。

日本語ガイドブックに載っているということは、ここに来る日本人もいるのだろうが、
いきなり豊かなニッポンからここじゃあ、なぁ。
本当にキャンプ野郎と一緒でよかった(しみじみ)。
だいたい”お湯のシャワーは朝だけ”ってゆーのに、
「僕は水で大丈夫!」
とうれしそうに行水しているし、はぁ。さすがターザンになるのが夢だっただけあるなぁ。
私なんてマンガ家になるのが夢だったんだから、
重宝されるのなんて手紙の最後にイラスト入れる時くらいだ。

さて翌日はモロッコ第1日目、テトウアン観光だ!
と張り切って出かけたら、30分もしないうちに気配が怪しくなってきた。
とゆーのも、町に観光客、外国人が一人もいないのだ。
右も左もみんなモロッコ人。何しろ初めてのアフリカ大陸、
アラブの国なので、地理的、人種的、文化的にバージンの私たち。
その心細さったら、狼の群れ(に見えた)に紛れ込んだ無力な子羊も同然。
とはいえ6年越しの夢である
“メディナ”へ行かず帰国できるものか!

メディナとは城壁に囲まれた旧市街のことで、
今も数百年前の暮らし、町並みがそのまま残っている地区。
ガイドブックに載っているってことは、いちおう観光名所なのだろうが、
その狭さ、汚さ、人と物の混沌ぶり、
複雑に入り組んだ通りなど、想像を絶する世界なのである。
ガイドなしに歩くことは不可能とさえ言われているのだ。
興奮するなぁ。

いざメディナへ。一歩入るといきなり別世界。
さっき町(新市街)で外国人が一人もいなくてびびっていたのなんて、はるか昔のことのよう。
あそこで見たモロッコ人など超都会的、現代風だったのだ。
今はただ、ジュラバ姿の老人やロバにもまれながら、
わずか1、2mの通りをひたすら進んでいくだけである。
とおりに面して小窓のついた家が要塞のように、すきまなく並び、昼間でも薄暗い。
ちらりとのぞき見する家屋の奥など、どこも”真っ暗”である。
いったいあそこには何があるのだろう…。

ジュラバ姿の老人が、血をたらしながら通りにうずくまっている。
その横で採れたてのミントの葉をうずたかく積み上げた少年が商いをする。
その脇をロバが横切り、腐った野菜に群がるハエの向こうでは
目の覚めるような香辛料が売られている。
痩せたネコが必死で生きのびているその隣で、今、切り落とされたばかりの
牛の首がゴロリと、切り口も鮮やかに転がっている。
日本では絶対に隣り合わせないものが、ここメディナでは
いっしょくたになっている。生と死が同じ場所にある。
人生って本来そういうものなのだ、と自然に思えてくる。
ああ、メディナは実に哲学的なのだ。

そういう意味で“世界一の迷路”と言われるフェズのメディナは感動的だった。
追い払ってもハエのように群がってくる自称ガイドたちに最初は閉口したけれど、
無視しよう、追い払おうと思うから嫌な気持ちになるのである。
彼らの存在、声もまたメディナの一部。
そうか、ロバのフンも、石畳も私たちも全ては町の一部、メディナなのだ!
そう自然に理解できてから、
ガイドの群れの物乞いも、ふっかけてくるモロッコ商人とのやりとりも
心から楽しくなった。ただ安く買うことが目的なのではない。その物を介して
さっきまで知らなかった者同士が出会う、必死になる、
思い入れを伝えあう、時間や思いを共有する。
それはとても神秘的な世界なのだ。

その時、空が轟き一瞬にしてメディナは大雨となった。
ひたすら石畳の坂道を出口に向かって急ぐ。石畳をすごい色の泥水が流れていく。
野菜の端切れ、ゴミ、ほこり、ロバのフン、ミントの葉、肉屋の床にたまっていた血…、
さっきまで別々にあったものが水を介して一つになる。
そうか、水はすべてのものを一つにするのだ。
水の元で私たちは一つになる、全ては水で結ばれる!
パンツの裾は泥水でべちゃべちゃ、全身異臭に包まれていたが、
私は感動ではりさけそうだった。

結局、ボロボロルノーは全行程800kmを走破。
キャンプ野郎は大自然が少ないと少々不服そうだったが、
「次回はアトラス山脈を越えてカスバ街道(砂漠、オアシス、らくだのキャラバンの世界)へ
行こう!」と言うと、
さっそく友人家族を電話で勧誘していた。
でも、まさか、あのボロボロルノーで行く気ではないだろうな。

(第49話につづく)

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「第48話 キャンプ野郎とボロボロルノーで行くモロッコの旅(後編)」への2件のフィードバック

  1. momoさんの近況は、普通に記事として入れた方がいいのでは。GOTOKKでした。

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