第43話 スタジオ代を安くする奥の手

CD録音費用をできるだけ安くあげるために考え出した方法は
「すべての曲を一回弾き、一回録りする」
というものだった。
これならばスタジオ使用料が激減する。

「一回録り…ですか」
しばし沈黙。
「やれないことはありませんが、ただ…」
「ただ、何ですか?」
「普通はデモ用CDとはいっても50時間くらいはかけます」
トニー氏は先週作ったというCDサンプルを差し出しながら
「これはトリオなんですが、朝から晩までスタジオにこもりっきりで作ったんですよ」

スタジオにこもる!?
こんなところにこもれるなんて何て優雅な身分の人たちなんだろう。
「13曲ありますね。何時間予約しましょう?」
「2時間でお願いします」

何しろ前代未聞の“一回弾き一回録り”なので練習にも俄然力が入る。
“あっ、間違えた!”
なんてのは許されないのだ。

「あーライブ演奏の方が楽だぁ!」
カンヅメで練習させられるベラが叫ぶ。一音も間違えられないなんて確かに
「ケ・ロクーラ(ぶっとんでいる)!」だ。
音を出した瞬間から消えていく生演奏よりずっと厳しい。私たちは2週間に渡り
猛レッスンを続けた。

そんなある日、本棚にある一冊の本に目が留まった。
“美しい日本のうた”手に取りパラパラとめくりながら歌ってみる。
自分で伴奏もつけながら「赤とんぼ」「ふるさと」「知床旅情」「月の砂漠」…

「そうだ日本の歌をCDに入れよう!」
血が逆流するような興奮を覚えた。

CDには「月の砂漠」を入れることにした。これは思い出の曲。
4才くらいの時、両親が買ってくれたレコードの曲で
子供心にもあのもの哀しく美しいメロディが大好きだった。

ところがベラとのリハーサルで思わぬ文化の違いに直面。
あの美しい歌詞の内容をスペイン語に訳して伝えると
「二人はどうして砂漠を越えて行かなくてはならないの?」
「えっ…」
そんなこと考えたこともなかったので慌てて歌詞を再び読み直す。
するとたたみかけるように
「砂漠を越えてたどり着いたのはどこなの?」
「……」

今まで考えたこともなかったが、確かになぜなのか、どこに行くのかは書かれていない。
「とにかく砂漠を越えて行かねばならぬ“何らかの理由”があって、行き先は
“人知れぬところ”なのだ」
と説明するが、ベラは全く理解できず
「その二人何かやっちゃって逃げるってこと?」
って“刑事モノ”みたいな話になってるぞ。

「そうだ、歌詞を直訳したのがまずかった」
そこでこの曲の美しいビジュアルイメージを伝えることにした。
少々の脚色はこの際仕方あるまい。改めて歌詞を読み直しながらイメージを
ふくらませるために目を閉じた。

(第44話につづく)

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