第85話 アディオス、チュッピー!

マラガ~バルセロナ北上計画『ムシカラバナ』を準備中、わたしにとって、忘れることのできない事件が起こった。


友人の犬が、わたしたちのオウム「チュッピー」に襲いかかり死んでしまうという、思ってもみない事故であった。
その日、わたしは1日中、泣いてすごした。

もう、戻ってこないとわかっていても
「戻ってきてほしい」
いう思いは、あとからあとから体の底からわいてくる。
わたしの中で、何かが完全に止まってしまった。
時間も、肉体も、なにも感じない。

その小さなお葬式が終わると、ベラはそっと言った。
「今ごろ、自分を産んでくれたお父さん、お母さんに会っているよ」
「でも、わたしはもっといっしょにいたかった!」

ベラは、それには答えず
「チュッピーは、還っていった。いつかみんな、行くところに」

理屈は理解できても、わたしの悲しみと怒りは行き場をなくして、わたしを傷つけた。
「そんなに悲しんだら、チュッピーもほりーも、心配で見ていられないよ」
思わず、空を見上げる。
「どうして、わたしをおいて逝っちゃったの?」
わたしはもっと、いっしょにいたかったのに。

答えはない。
ただ悶々と、悲しみと痛みといっしょにいるしかなかった。
でも。
泣きくずれそうになるたび、自問する。
「人生に偶然はない。としたら、これには理由があるはずだ」
その問いは、悲しみと怒りで曇ったわたしの視界を、一瞬、クリアーにする。
「なぜ、昨日までのわたしにはいて、今日からのわたしにはないのか」

そう考えはじめたとき、わたしの中で、何かが変わり始めた。
悲しみと痛みは、なくならないがそこにかくされた『意味』が、みえてくる。
『メッセージ』が、聞こえてくる。
椅子に座ったまま、わたしは必死に、耳をすませた。
一晩中。

朝が近づく頃、わたしは『今日の出来事』を、まったくちがう意味でとらえていた。
夜の底が、白くなる。朝の到来。
なんと久しぶりに、わたしは夜明けをまじまじと見つめただろう。
新しい一日のはじまり。

「昨日と今日」で、こんなに自分の環境が、かわるとは思ってもいなかった。
わたしたちは、なんと、死のすぐ近くに生きているんだろう。
死はどこかずっと遠くにあるものでなく、わたしたちのすぐ隣にあるのだ。
一歩またげば、すぐにたどりつけるところに。

そして、わたしの全身を包んでいたのは、今まで感じたことのない、わたしを揺り動かすような、強い衝動だった。
「わたしは『奪われた』、と思っていた。でも、そうじゃない。わたしは『与えられて』いた!」
与えられていた。そして、還っていった。
それだけなのだ。
だとしたら、わたしはなんという『贈りもの』を、毎日与えられていたんだろう!

その発見は、わたしの悲しみを、怒りを、その莫大なエネルギーをすこしずつ、ちがうものに変え始めた。
わたしの心に『感謝』のきもちが流れはじめると、
一瞬だが、一日のあちこちに、ささやかな心の平穏を、感じるようになった。

そして、わたしたちは、生きていく。
心の底に悲しみや痛みを抱えながら。
ふいに、岐阜のとくばあちゃんの言葉を思い出す。
「お迎えが来るまで、もも、しーっかり生きんさいよ!」
「はい」
空に向かって、合掌する。
お迎えが来ないのは、わたしにまだやるべきことが、残っているからだ。

次の日、チュッピーとほりーが夢に出てきた。
わたしたちは1日中、花の咲きほこる野原で、いっしょに笑ってすごした。
「また、来るね」
と、言うと、ほりーはとたん、まじめな顔に戻って言った。
「ももちゃん、もうここには来たらいかんよ」
「どうして・・・」
その瞬間、チュッピーはわたしの肩から、ほりーの肩に飛び移るともう、わたしの方は、見ようとしなかった。
「もう、帰った方がいい」

ほりーは、洞穴を指さすと、チュッピーといっしょに野原の中に入っていった。
わたしは泣きながら、暗い洞穴の中を、ひとり歩きつづけた。

目が覚めたとき、わたしは本当に泣いていた。
声をあげて、わんわん泣いた。
悲しかったからじゃない。
二人が、こんな意気地なしのわたしのために、わざわざ会いにやってきてくれたのがわかったから。
わたしはもう、泣かないことに決めた。
「心配せんでもいいよ!わたし、生きていく」

勢いよく飛び起きると、わたしはその日の演奏のために、準備を始めた。

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「第85話 アディオス、チュッピー!」への2件のフィードバック

  1. あまりに突然だと、心の半分をもぎとられますよね。
    しかも、なかなか埋まらない。
    必死に埋めるために、いろいろ考える。
    心の再生のためにある必然なんだろうなぁ。

  2. 悲しみや痛みは、なかなか消えませんが、
    だからこそ、
    その痛みを「新しい自分」「新しい行動」への
    勇気、エネルギーの源にする。

    変換する。
    意味をかえる。
    わたしたちの心は、すごい力を持っているんだな、と思います。

    励ましのお便り、どうもありがとうございました。

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