ベラのこと・11「一番うれしかったこと」

ベラの看病中
私がうれしかったことは
たくさんあるが
今、思いつく
「一番うれしかったこと」を
今日は書きたいと思う。

ベラの体調が一気に悪くなった
9月の第二週。
ベッドで過ごす時間が
一日の80パーセント近くになった。
もちろん、もう外出はできない。
唯一のお出かけ先は
リビング&テラス。

寝室で「添い寝」をするのが
すっかり習慣になってしまった私は
この日も夜
ベラの横でゴロゴロ。
いっしょにラジオを聴いたり
書き物をしたり・・・

毎週増える「痛み止め薬」は
ベラを「夢の世界」へと誘う。
はっきりと夢だか現実だか
わからないような状態なので
「だめだよー、ほら」
といきなり言ったり
「早く、早く!」
と叫ぶので飛び起きると
本人は目をつぶったまま
何やら手首をクルクルと
動かしている。

とりあえず痛そうでないので安心し
私は小首をかしげながら
はたしてベラは今
「何が言いたいんだろう」
「何をしているんだろう」
「どこにいるんだろう」
に、頭をめぐらせる。

そのときは、右手をさかんに
クルクルさせていたことで
「ああっ、釣り竿のリールを
引き寄せているんだ!」
と、釣りをしていたことが判明。

自分ながら、感動。
ベラといつもいっしょにいた人でなきゃ
わかりませんよ。
ドクターや看護婦さんじゃ(笑)

かと思えば
いきなり怒ったように
政治関係の話をし始めたり。

私はベラの顔を見ているだけで
幸せだったので
喜んだり怒ったりする
ベラの顔をひとり眺めて
うれしい気持ちにひたっていた。

そんなある日
眠っていたベラが突然
日本語を話し出したのだった。
「こんにちは、お元気ですか」

私はびっくりして
べラの顔20センチくらいのところまで
顔をくっつけ、のぞきこんでしまった。
相変わらず眠っている。
夢を見ているのだ。

そして
「はい、は-い」
と答えながら
うれしそうに笑顔を浮かべた。

ベラは、笑っていた!
日本語を話しながら。

そのことが
私を最高に幸せにした。

ベラは日本に行くのが
本当に楽しかったのだ。
両親と豊橋の家でゴロゴロするのが
本当に好きだったのだ。
そうでなければ
こんな状態の時
日本語が出てきて
それも笑顔が浮かぶはずがない。

「お元気ですか」
とベラは笑いながら
もう一度、くり返した。
その瞬間、私はベラが今
「日本の両親に会いに行ったこと」
が、わかった。

11月に今年もまた
ニッポンに行けることを
楽しみにしていたベラ。
「新しい曲を弾きたいなぁ」
と両親から毎週送られてくる
手紙や写真を見ながら
いつもつぶやいていた・・・

「ベラ、ありがとうね」
ベラを起こさないように
そっとその腕に
自分の頭を押しつけた。
ベラは夢の途中でまだ
ぐにゅぐにゅ言っていたが
私は涙が、止まらなかった。

そのたった1分の出来事が
私を最高に幸せにした。
両親へ会いに行ってくれたベラ。

かけがえのない贈り物を
私はもらったような気がした。

後日、この話を
国際電話で両親にすると
「涙話」になってしまい
喜ぶどころではなくなってしまった。

すっかりしゅん、となってしまい
「食事に味がない」
と父は言い
「ベラちゃんに、もう一度会いたかった」
と、母が絞り出すようにつぶやいた。

それで、はっとした。

私は毎日ベラと過ごして
全力で看病した、という
満足感があるけれど
両親は元気なべラと別れて
11月の日本帰国を楽しみにしていて
それが7月にいきなり告知されて
「あっというま」
にベラを連れて行かれてしまった
のにちがいない。

あまりの人生の急転換、だった。

「でも、ベラ笑ってたんだよ。
『こんにちは、お元気ですか』
って言いながら」

こんな病気の時でも
ベラの心は日本へ飛んだ。
笑って、いつものように挨拶をしながら。

私は去年の11月の
名古屋のライブで
ベラが口にした
一つの日本語を思い出す。

私がベラに尋ねる。
「今回のコンサートのテーマは?」
ベラは一生懸命おぼえた
日本語を唇にのせる。
「いちごっ・・・いちえ!」

去年の私たちの
コンサートのテーマは
「一期一会」だった。

まさか、あのとき
これがベラと日本で弾く
最期の演奏になるとは
正直、思ってもいなかった。

私の頭の中で
「一期一会」の言葉が
ときおり響く。
それを、口に、音にしてみる。
「いちごっ、いちえっ」

それがなんということか
ベラの発音になっていて
語尾にやたら力が入り
「いちごっ」
「いちえっ」
と力強く言いきってしまう。

そうだった。
ベラの覚えが悪く
「だからーっ、いちごっ、いちえっ!」
と、何度もくりかえしたのは
この私だったのである。

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「ベラのこと・11「一番うれしかったこと」」への5件のフィードバック

  1. 心がほっこりする とても良いお話です。読ませてくれて有難う。

  2. そうだったね。
    去年の秋のテーマは「一期一会」だったね。
    楽しかったなぁ。
    今年の秋は寂しいなぁ。

  3. これまで毎年11月に帰国していたので
    今頃はいつも「ニッポン行き」の準備で大忙しでした。
    イベントも盛りだくさん(笑)
    食べて飲んで笑って観て遊んで弾いて・・・
    楽しい一か月を毎年みなさんのおかげで
    ベラも私も過ごさせていただくことができました。
    本当にありがとうございました。

    これからは、ももっち一人帰国になりますが
    よろしくおつきあいお願いいたします。

  4. 日本の楽しい夢を見るベラさん。
    そのことで幸せになるモモさん。
    ふたりの時間の密度に圧倒されました。
    ベラさんの日本滞在記が可愛らしくて好きなので
    泣き笑いしながら読ませていただきました。
    ありがとうございます。

  5. shiroさん、いつも素敵なコメントありがとうございます。
    「時間の密度」という言葉に、思わずはっとしました。
    私の人生で唯一「時間が刻まれなかった」2か月でした。
    カレンダーや時計が時間を刻むことのない中に
    私は住んでいた気がします。
    ただ、生きているということだけが意味を持った
    まるで一瞬のような日々でした。

    ベラの日本滞在記、読んでくださってありがとうございます。
    「ブログを毎日、書きましょう!」
    というベラの声が、天から聞こえてくるようです(笑)
    その話はまた、近日中に書かせていただきますね。

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