ベラのこと・3「ドクターと花鳥図」

CIMG1096 べラが「緩和ケア」を選んだ瞬間から
お医者さんが定期的にうちに
来て下さるようになった。

私も初めてのことで
こういうシステムが
スペインに、マラガにあることを
初めて知ったのだが
毎日、毎週、新しい症状が現れるたび
「助けてー、どうしたらー」
とあわてふためき電話をする私に
「だいじょうぶ。今から行くから落ち着いて」
と緩和ドクター&看護婦さんが
すぐに駆けつけてくださる。
お世話になりまして
本当にありがとうございました。

ベラの症状を和らげ
薬の処方をかえた後は
いつもリビングに戻り
私のつたない質問に答えてくださる。

この「訪問ドクター」のシステムは
本当に素晴らしい!と思う。
まちがいなくスペインが胸を張って
誇れる医療システムのひとつ(自慢)

患者さんにとってだけでなく
それを支える家族にとっても
技術面と精神面を同時に
支えてくれる訪問ドクター。
ほんと神様に見えるー(涙)
さらに無料~(保険がきく)

ドクターも緩和ケアの専門家なので
「余命数か月」という患者さんと
その家族に慣れているのでしょう。
穏やかでユーモアのある方。

「この薬は、寝る前に飲んでね」
「寝る前、ですね」
と、メモする私に
「寝ちゃったら、飲めないもんねぇ」

そしてベッドに横たわる
ベラを診ながら
「こんな明るい寝室、見たことないよ」
と、いつも笑って声をかけてくださる。

「ベッドの上にも絵が描いてあるね」
「彼女が、描くんです」
ベラが答えると
「5つ星ホテルみたいな家だな。
寝室の窓から地中海が見えて
こんなとこでバイオリンを弾いて
かわいい奥さんがいて。
うらやましい生活だよ。
僕よりいい暮らしだね(笑)」

「これは、ハンガリーの花鳥図で
吉祥のシンボルなんです」
ベラが指差し、自慢げに答える。
「リビングも絵だらけだった。
こんなところに住んでいたら
病院なんて行きたくないよな」

「病院に行くくらいなら
パレスチナに行って独立のために戦って
銃弾を受けて一発で死にたいです」
「おいおい、僕がせっかく来てるのに
なんてこと言うんだ(笑)」

緩和ドクターは最初は週一回。
それが週2回、3回になり
9月に入り症状が悪化した時には
「僕じゃ間に合わない時は
迷わず救急に電話するように!」
と、厳しい表情でおっしゃった。

「でも救急車が来たら
病院に連れて行かれちゃう」
「いや、だいじょうぶ。
病院には連れて行かないよ。
救急車を呼ぶと
救急ドクターのチームがやってくる。
彼らはあらゆる事態に対応する
医療器具、注射、薬を持って来るから
寝室が病室になるだけだよ。
誰も、彼をここから連れて行かない。
約束する」

そのドクターの言葉どおり
ベラの症状が悪化し
9月の17日、18日、19日と
3日間連続で救急車を呼ぶことになっても
救急ドクターたちは
ベラを病院へ運ぶことなく
また嫌な顔をすることもなく
信じられないことに笑顔で
夜中の3時でも、4時でも
現われてくれました。
「もうだいじょうぶ。
注射するからチクッとするよ」

ベラがぼんやりと目を開けると
「この絵は、誰が描くの?」
意識があるかどうか確かめるとき
ドクターたちは必ずベラの枕元の
ハンガリー花鳥図を指さして
尋ねるのだった。

「・・・エジャ(彼女です)」
「そう、こんな色とりどりの寝室は
見たことないな。毎日いろんな
寝室に行くけどね(笑)」

この絵を数年前に描いたとき
まさか、こんな光景がこの絵の前で
くり広げられるとは
思ってもいなかった。

この絵を描いたのは
ベラがウルグアイに行っている時。
帰って来てびっくりさせてやろうと
一週間かけて描いたのだ。

ウルグアイから帰ってきたベラは
「これは寝室じゃないよ。
ムセオ(美術館)だよ」
と、あきれて声を上げ
「これじゃ明るすぎて眠れないよ」
と、ぶつぶつ言っていた。

ハンガリーの花鳥図。
幸せのシンボル。
ハンガリー人のベラのお母さんが
家族の幸せを願って
ブラウスや枕カバーに
縫い込んだ刺繍と同じ・・・

それに見守られて
ベラは逝った。
自分を生んでくれた
お父さん、お母さんのいる所へ。

あの時は気づかなかったが
最期までベラを見守り続けた絵。
お父さん、お母さんのかわりに。

そのために描いたのかもしれない。
と、今になって思う。

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「ベラのこと・3「ドクターと花鳥図」」への2件のフィードバック

  1. ももちゃんの素敵な文章力に
    私ができるコメントは無いなぁ〜と思います。
    しかし、読みたいので、読んでますとお知らせするためにコメント残します。

    このところ、ももちゃんの素敵な魂に乾杯です。悔いのないお看取りとは、明日のための出発でしょうか。
    ももちゃんの看病には感心してます。素敵カッコいい。軽めな感想しか書けずごめんなさい。
    でも、ももちゃんとベラのお別れの時のこのブログに出逢えた方は、みんな勇気をもらうと思います。
    しばらくは、読ませて下さい。

  2. satomiさん、いつもメッセージをありがとうございます。
    私こそ勇気を元気を与えられています。

    書きながら、こうして一つ一つ言葉にすることで
    私自身、心の整理をつけている気がします。
    そして辛いことばかりじゃなかった「最後の二人の時間」を
    書き留めておきたい。私の宝物のような時間のことを。
    そんな気持ちで、書いています。

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