第77話 ベラジャズバンド

コルドバ県のある町で、二週間に渡り『国際音楽フェスティバル』が開かれることになった。
ベラの友人のロベルトも、この仕事に関わっていたので珍しく
「ああ~っ、忙しい!」
と、毎日あたふたと走り回っていた。75話で『中国音楽』を録音してくれた人である。
忙しそうだから、そっとしておこうと、わたしたちは電話もかけなかったら、フェスティバル三日前、突然ロベルトから電話があり、
「今から、そっち行くから!」

って、その口調がただごとではない。
「なんか、まずいこと、起きたのかなぁ」
予感は的中。聞くところによると、『ナイジェリアの8人のグループ』を迎えに行ったところ、家族友人ふくめ総勢40名様が空港に現れた、というのであった。
「8人が、どうして40人になるんだ!」

 移民問題に係わり合いになりたくない主催者側は、急遽、プログラムを変更。「三日後だから、いいね!」
「って、わたしたちが?」
「何もナイジェリア音楽やれ、とは言ってないよ」
「でも・・・・」
「ほら、さしかえたプログラム持ってきた。しあさっての夜の八時、ここね!」
プログラムに書かれた『出演アーティスト名』を見て、わたしたちはあ然とした。「これって、わたしたちのこと?」
「そ、いいネーミングでしょう!その場で考えたんだよね、時間なかったから」「『ベラ・JAZZバンド』って、何人でやるの?」
「それを、今から探すんだよ!」
「探すって・・・」
「忙しくなるぞ~」

 知り合いのミュージシャンに、かたっぱしから電話をかけるが
「それが、三日後なんだけど・・・」
と口にしたとたん、あっさりと電話を切られた。
「練習一日で、一時間のステージを作るって、ぶっつけ本番で弾けってのと同じだよ」
さすがのベラも、弱りきっている。
「ぶっつけ本番、といえば・・・リトは?」
わたしの言葉に、二人が顔を上げる。
『リト・ブルース・バンド』のリーダー、マラガでは有名なギターリストのリト。
彼なら、舞台慣れしてるし、何よりいつもぶっつけ本番みたいなもんだ。
「電話、電話!」
リトは電話を持っていないので、そのメンバーにかけて連絡をとる。
「リト!しあさってなんだけど・・・」
「ふ~ん、いいよ!」
おお~っ、さすが。『バンド』じゃないが、とりあえず『トリオ』にはなった。

 結局、メンバーは集まらず、わたしたちは三人で『JAZZバンド』をやることになった。
基本的に、リトが弾くのはブルースだから、厳密に言うとJAZZではない。
さらにベラは、ジプシー音楽だ。
「『ベラ・JAZZバンド』って・・・、『JAZZ』でも『バンド』でもなく、あってるの『ベラ』ってとこだけじゃん」
わたしの言葉に二人は一瞬、黙り込む。が、すぐに顔をあげて
「じゃ、もも、JAZZ部門よろしく!」
って、わたしがJAZZの担当なのか!
とりあえず、ベラやリトのレパートリーに、『JAZZ的・味付け』を試みる。が、もう明日だよ、弾くの。すっごい不安。考えるだけで、拷問のような一時間(ステージ)に思えてくる。

 さて、当日。舞台すそからのぞくと、500人くらい入る劇場で、お客さんはたったの30人くらい。
「気楽に弾いてよ!今夜、穴あけなきゃそれでいいんだから」
って、ロベルト。お客さん少ない方が、弾くの難しいんだよ~、盛り上がらないから。とりあえず、『サマータイム』を弾き出すが、広い劇場で30人の拍手って、「し~ん」に近い。

指先まで、かじかんで冷えてくる。と言うのも『節電』で、冬だというのに『劇場に暖房なし』なのである。
「はあ~っ」って、吐く息が白い中、わたしたちは震えながら演奏し、お客さんはコートのえりをたてたまま、椅子に固まっていた。
「一刻も早く、ここから出て、暖かいスープでも飲みたい」
と、誰もが思っていたので、演奏は急遽45分に短縮され、コンサートが終わるや、すごい勢いでお客さん、スタッフ全員、いっせいに劇場のとなりにあるバル(居酒屋)に流れ込む。

 「赤ワインね!」
「あったかいギソ(煮込み)お願い!」
あまりの暖かさにメガネまで曇らせて、ロベルトは言った。
「今日は僕のおごりだからね!食べて、食べて」
穴をあけずにすんだ安心感が、そう言わせたのであろう。
わたしたちは、互いの3年くらい年をとってしまったような顔を見つめながら無言で、赤ワインを胃袋へ流し込んだ。
そして、このいーかげんさ、公私混同ぶりを反省することもなく、大笑いして食事を注文しているスタッフ、劇場関係者の輝く顔を見ながら
「この人たちに、ストレスという文字はないのだろう・・・」
と、この悪夢のような3日間を思い、くらっとなった。

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