第72話 ゴッドファーザーに軟禁される

とある音楽プロダクションのロベルトが、調子のいい声で電話をしてきた。
「プライベート・ディナーのBGMの仕事なんだけど~」
これだけ聞くと、ふつうである。

「8~11時の3時間、Pホテルで」
って、これも。
じゃあ、どこが問題なのか。それは会場に着いてから明らかになった。

「こちらです」
って、係りのお兄さん、わたしたち音楽屋をディナー会場に置き去りにすると
再び固く扉を閉めて、消え去った。
「なんか、監禁されてるみたい・・・」
その個室には、中央に大きなテーブルがひとつ、25名くらいの集まりのようである。
さっそく機材を設置し、スタンバイ。
30分もすると、固く閉じられていた扉が開き、美しく着込んだ主賓たちがぞろぞろと
中へ流れこんできた。

こういうときの音楽屋の常識として、今日の自分たちはお客さんにとって『花』なのか
『透明人間』なのか、
つまり『お客さんとからむ』のか『BGMに徹するのか』を、瞬時に見際めねばならない。
主催者はロシア人の夫妻、そして招待客はインターナショナルな顔ぶれではあったが
会話はすべて、スペイン語で行われた。
「今日は、わたしの妻の誕生日のために、お集まりいただきありがとうございます」
言葉は丁寧だが、口調や態度は
『俺が言ってるんだから、集まるのが当然じゃ~っ、おめーら!』
と聞こえる。
「まずは、みんなの今年の業績をたたえて」
これは、『おまえら、よく働けよ、さもないと』
「乾杯」
『どうなるか、わかってるだろうな』

「ひやあぁ~、わたしの耳はいったいどうしてしまったのだ」
恐れおののきながら、スタンバイしていると
「音楽!」
と、ロシア男が、命令を下す。その威厳はまさに『ゴッドファーザー』のそれであった。
ドン・コルリオーノフ氏(仮名)は、ほとんどワンマンショーのごとく、しゃべり続けた。
その間、子分たちは「ふんふん」とうなずきながら、飲んで食べている。
45分が経過したところで、一回目の休憩に立とうとすると
「あれれ・・・」
扉が動かない。ボーイに開けてもらおうと、うろうろしていると
「どこに行く!」
ドン・コルリオーノフ氏の声が、個室に響き渡る。
「えっ、えっ、トイレに・・・」
「座って」
口調は穏やかだが、有無を言わさぬ鋭い口調。
その時点で、11時までトイレ休憩はないことが、明らかになった。

 

さて、酔いが回るにつれ、子分たちの口のすべりがよくなってくる。
話は今年度の『仕事』の成功、および失敗、さらに業務報告である。
「あの一件は、まずかったよなぁ、市長と話はついてたんだが・・・」
「そっちのプロジェクト、六千万のアカだろ?」
「いや、結局B氏が間に入って、一億のもうけさ」
「あっちの動きはどうなってる?3本でいけるか」

そのときベラが、ぽつり。
「僕たち、ここから出られるのかなぁ」
「ええっ」
「こんな話、聞きたくないけど、もう聞いちゃったし・・・」
「そんなぁ」
ちらりと扉に目をやるが、硬く閉ざされたまま『出入り禁止』、
いや『軟禁状態』と言った方が正しい。
「それとも、反対勢力の連中がなぐりこんできて、いきなりパパパパッ」
「やめてよ」
「あっ、今日にぴったりの曲があるよ、ゴッド・ファーザーのテーマ」
「まさか、弾くんじゃな・・・」
「音楽!」

ドン・コルリオーノフ氏が叫ぶ。手まねきまでして。
「バイオリン!こっちへ。スピーチするから、何か弾いて」
ベラは、軽く会釈すると、まさかの曲を弾きだした。
「やややや・・・」
そんなことして大丈夫なのか?あなた方『マフィア』って、言うようなもんじゃないの?
ベラは、哀愁たっぷりにフレージングしながら、ドン・コルリオーノフ氏の耳もとで
歌うように弾き続けた。ロシア人はたいてい音楽が好きだ。
それも情感あふれる、泣けるようなメロディが。
「ありがとう」
ドン・コルリオーノフ氏は、初めてしっとりとした声で言った。
が、それにすっかり気をよくし、次々『妻のため』『みんなのため』さらにもう
何十回とくりかえされる『スピーチ』のたびに、叫ぶのだった。
「音楽!」

結局、約束の11時に開くはずの扉は、固く閉ざされたまま。宴は花盛り。
「はたして、ここから出られるのだろうか・・・」
軟禁状態のわたしたちにとって、演奏の延長、終了時刻のことより
ここから無事帰れるかどうかの方が、ずっと重要なことであった。

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