ピアノ教室も生徒12人となり、うちで定期的に催す『ピアノ発表会』も、けっこうなにぎわいとなってきた。おなじみさんも増え、
「あら~、お久しぶり!」
なんて、お母さん同士でおしゃべりしている姿も見られる。家族全員でいらっしゃるので、『芸』のできる人には、なんでもやってもらうことにしている。
『歌う』『弾く』『踊る』・・・なんでもあり。
生徒さんは下は4歳、上は62歳まで、レベルも目的もバラバラなので、
まるで統一感のないメンバーが、弾いたり歌ったり、飲んだり食べたり。
いつ見ても、不思議な『宴会』の図だ。
さらに国籍が、スペイン、ドイツ、イギリス、ペルー、ウクライナ、メキシコ、アメリカ、スイス・・・って、なんなんでしょうね、これは。お母さんたちから
「もっと、弾いて~!」
などとリクエストもかかり、子供たちは、用意していなかった曲まで弾くはめになる。でも、こうして『音楽屋』の道は、毎日の生活の場から自然と始まっていくんだよね。わたしも小さい頃、親戚や両親の友達がうちに遊びに来るたび、
「もも、何か弾いて~」
と、いきなり部屋から引きずり出されて、弾かされていたものだった。
さて、1時に始まったピアノ発表会&宴会が、夕方の7時、やっとおひらきとなり、わたしたちは個人的におつきあいのある
『サミー&ブライアン一家』と、ほっこりテラスでお茶をしていた。
サミーとブライアンは兄弟で、マラガの音楽学校に籍をおいている。が、わたしたちのもとで、もう3年、サミーはピアノ、ブライアンはバイオリンを習っていた。彼らの両親が『小さなキャンピングカー』を持っていたので、わたしたちはよく
週末、6人でマラガ近郊のカンポ(田舎)へ、日帰りでピクニックに出かけた。
彼らは、大きな3階建ての家に住んでおり、庭にはたくさんの動物、犬、猫、ウロン、にわとり・・・などを飼っていたので、泊りがけで出かけるのは難しかったのだ。
「実は、お願いがあるんだけど・・・」
「どうしたの、何か、あった?」
聞けば来月、家族4人でスイスに友人を訪ねに行ってきたいと言う。
「動物、頼める人がいなくて・・・もちろんお金は払います」
「信用できる人じゃないと、家の鍵、預けられないし・・・」
二人はすっかり途方にくれていたので、わたしたちはすぐに承知した。
何度も行っているので、家の中も動物たちもよく知っている。
『ターザンになるのが夢』であるベラは動物好きなので、さっそく『にわとり小屋のやり方』について話し合っている。
結局、わたしたちは3週間のあいだ、『サミー&ブライアン一家』の家と動物の世話をすることに決まった。
「お金、前金でお渡ししときます・・・」
その瞬間、わたしの頭に『突拍子もない考え』が浮かんだ。
「あのう・・・お金はいりません。そのかわり、スイスから帰ったら『キャンピングカー』貸してもらえませんか?わたし、マラガから地中海岸線を北上して、南フランスまで行ってみたい!」
「えええっ!」
と、声を上げたのはベラ。ふたりは
「もちろん、それでいいなら!」
「じゃ、8月中旬から9月中旬、ってことでいいかな」
って、すっかり契約成立。言葉を失うベラの手に、お茶のグラスを持たせて、「サルー!(乾杯)」
「ブエン・ビアッヘ!(よい旅を)」
そうして、週に3回の『動物の世話』が始まった。
犬も猫もウロンもわたしたちになついていたので、問題はなかったが、
一番たいへんなのはニワトリであった。掃除をし、ニワトリ小屋から出てくると、もうぐったり。
「お前たちだって、暑いよね」
冷たいきれいな水にかえていると、小さい頃よく遊に行った、岐阜の中津川のとくばあちゃんの家を思い出す。
「玉子焼きの卵、冷蔵庫からでなく、ニワトリ小屋から取ってくるものだったなぁ・・・」
でもまさか、スペインでふたたびニワトリ小屋とは、思ってもいなかったけど。「でも、もも、僕たち本当にマラガから海岸線を北上するの?」
「もちろん!ベラ、バルセロナに友達いるって、言ってなかった?ついでに訪ねたら?」
「そっか~、20年ぶりかなぁ。よーし!」
電話をかけると、向こうも大喜びのもよう。よしよし。
地図を見ながら、ざっとバルセロナまで一週間かけていくことにする。
「途中にキャンプ場くらい、あるでしょう」
「釣り道具、持って行こう。ああ~、楽しみ!」
いつも10秒から10日間ぐらい遅れているベラは、やっとこの『キャンピングカーで行く!地中海岸・北上計画』に、興味を示し始めた。
「なんか目標がいるよね」
「プロジェクト名をつけよう!」
「プロジェクト名の入ったロゴ・Tシャツも作りたいな」
「ああっ、楽器もって行って、どっかでコンサートしようよ!」
瞬発力はないが、いったん目標が定まると猛然とその気になるベラ。
ニワトリ小屋の掃除にも、一段と力が入る。
が、そのとき、まだわたしたちは知らなかったのだ。
このいわくの『キャンピングカー』、実はすっごい中古で、
『最大時速40キロ』おまけに『前部座席の暖房が切れず、熱風が吹き出し』
『ガソリンメーターも故障して、残量不明』。
そんなわたしたちを待ちかまえていたのは、スペイン史上、実に何十年ぶりという『猛暑』なのであった。
(この旅については第88話~で、どうぞ。お楽しみに!)
