第14話 練習はいつもラストスパート

せっかくタンゴグループができ上がり、プログラムも80分16曲が
仕上がっていたので、私たちはマラガ市内のカノバス劇場で
3日間に渡るタキージャ公演をすることにした。タキージャとは動員数によるギャラ制度で
お客さんが入らなければ0、入れば入るほど分配率が良くなるというシステム。
3週間前に国際フェスティバルでステージを踏んでいたので
今回は余裕の舞台。お客さんも70%くらいの入りでまずまずだった。
ところが3日間の興行を終えて私たちアーティストが受け取ったのは
1人1日2500ペセタほど。
劇場と主催者と私たちアーティストの間で大モメにもめ結局泣き寝入り。
この一件は“タキージャの悲劇”として私たちをしばらくの間、落ち込ませた。
最年長のベラがダンサーのマヌエルの肩を叩きながらなぐさめる。
「お金が幸せをくれるわけじゃない」
するとマヌエル、ガバッと顔を上げて
「僕、幸せなんかなりたくない、お金持ちになりたい!」
そんなある日、ファミリーコンサートを行ったショッピングセンターから
再び、お電話があった。
「クリスマス、年末年始にかけて、また1ヶ月間ほどトリオで演奏してほしいんだけど」
今回は巨大クリスマスツリーを背に、季節柄
クリスマスソングを加えてのファミリーコンサート。
前回、一日も逃さず聞きに来てくれたわれらがファン“ホームレスのおじさん”も
どこで情報を仕入れるのか初日からちゃんと来てくれていた。
いつもの特等席、階段の影にそっと身を寄せて。
そんな折、友人のまた友人の伝で
「ビブロスホテルで元旦に“クラシック・ミニコンサート”やるんだけど
クアルテットでできない?」
「もちろん、シイ(yes)!」

で、いきなり1ヵ月後の元旦コンサートに向けての練習が始まる。
今、気がついたが、私たちの練習の仕方って
毎回“ラストスパート”のテンションだな。試験前の勉強、入稿前の出版社みたいな。
今回はクラシックのクワルテットなのでマラガのクラシック界では有名な
チェリストのゲサにお願いして80分のプログラムを作ることとなった。
ゲサはマラガオーケストラでかつて“ソリスタ”を務めていたチェリストで
何とか国際コンクール2位という
華々しい経歴をお持ちになっている方である。
私のような“元会社員、文学部卒”などというのとは格が違う。
ゲサが遠慮がちに、はにかみながら
「これ弾いてみたいんだけど」
とカール・マリア・ベーベルの“アダージョとロンド”
そしてチャイコフスキーの“ペッツォ・カプリチョーソ”の楽譜を持ってきて
CDを聴かされた時は気絶しそうだった。
「こんなの弾くの?私が?」
と一瞬、頭が真っ白になったが、要は“いかに弾くか”である。
何しろスピードがすごい。
このスピードで楽譜を読みながらゲサについていくのは不可能だ。
としたら…
「そうだ、覚えちゃえばいいんだ!」
ゲサのパートを完全に覚えちゃえば伴奏がずれることはない。
テープに録ってを繰返し聴き次の練習日までに
ゲサのパートを完全に暗記することにした。

(第15話につづく)

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