第13話 光の中へ

ベラにもエルネストにもない“絶対音感”が私にはある。その発見は
“私には耳しかない”を
“私には耳がある”へと
一瞬にして短所を長所に転換させた。


私にも持っているものがある。それは何という喜びなのだろう。
まるで宝物を内に抱えているような不思議な気分にさせる。たぶん誰も皆
こうして自分が気付かないだけで持っている宝物があるのだ。
“気付く”機会がないだけで。私達の中に眠っている不思議な力。
その力が道を開いてくれるわけではない。道はあくまでも自身で開くのだ。
でも、その道を照らす星にはなる。

真っ暗闇に見えた音楽屋への道。でも今はその上に一つの星が光り輝いている。
「私には耳がある!」
だから他に持ってなくてもいいではないか。
たとえ一つでも自分の持っているものを全面に押し広げ世界に対峙していけばいい。
私は嬉しい時辛い時いつも九ちゃんの「上を向いて歩こう」を歌った。
マラガ人的完全腹式呼吸でリズムにあわせてチャッチャと踊れば
むくむく力が湧いてくる。
お気に入りのもう一曲はチーター。「幸せは歩いてこないだーから歩いて行くんだよ」って
なんて素晴らしい歌詞なんだ!(感動)
さて歌って元気になったところで、劇場用80分16曲の編曲に向けてまたカンヅメになった。
それまで演奏するのが簡単だからという理由で入れていた曲をことごとく抜き
テクニックや練習が必要な編曲──強弱、緩急、リズム変更、ソロパートなどが
ふんだんに盛り込まれた新しいプログラム作りにとりかかる。
眉間にしわを寄せ
「キキ──ッ」
という感じで編曲していると
「もも~、お腹すいた~」
「ギェー、ギャン」
とリビングの方から声がする。
“音楽屋”でもあるが同時に“料理人”であり“飼育係”にして“オウムの母”である私は
慌てて台所に走る。すでに3時半。
「お昼ご飯、今日はあるの?」
「あります!」
パチパチと手を叩くベラと飛び跳ねるオウム。
ごめんね。いくら仕事だからって、みんなのごはん忘れちゃいけないよね。

コルドバ県、プリエゴ・デ・コルドバで行われた国際音楽フェスティバル。
日替わりで次々と紹介されるミュージシャンに交じって私たち
タンゴグループも登場。ここで始めて歌手、ダンサーのために弾くという
トリオで弾くのとはまた違った経験をした。80分16曲を無事に乗り切り暖かい拍手に包まれる。感謝と感激で頭が上がらないでいると
「顔が見えなくなるからそこまで頭は下げない!」
と横から先輩に注意を受ける。慌てて顔を上げたら何と目の前に
かつて私が座っていた客席が広がっている。
「こっち側じゃなくてあっち側、あの光の中に居たい!」
その願いだけでここまで来た。
その光の中に、今、私は本当に立っていた。

(第14話につづく)

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