第6話 大声闘牛族の最後の聖地

マラガ市内のショッピングセンターで 週3回、2カ月にわたるファミリーコンサートが始まった。

舞台にアガってまず驚かされたのは ”家の中で100回弾いてもお客さんの前で弾かなきゃ
弾かないのと同じ”ということだった。
それくらい人前で弾くというのは厳しいものだった。 同じ曲が毎回弾くたびに違う出来になる。 突然お客さんに声をかけられる。
子供たちが1m横でかけっこをしている。
場内のアナウンスが入り空白の30秒ができる。
お母さんに子供をしかる声に気をとられる。
… と“間違える”要素ならごまんとある。

「もっと集中力をつけなくちゃ!」
プロの音楽屋というのはすぐ隣で何が起こっても それに動じることなく
弾き続けねば ならないのだ。私は改めてミュージシャンの凄さを実感した。

その難しさを伝えるとベラが 有名なバイオリニストのメニューヒンの言葉だけど、と前置きして 「バイオリンを弾くには次の3つの力が必要である。
仏僧の集中力、 闘牛士の勇気、 売春婦の耐久力。」
「おおーっ」
「僕がもってるのは”売春婦の集中力”だけど。」 って、ダメじゃん。

週3回、繰り返し弾いているうちにお互い呼吸が あってきた。
音楽とは”呼吸”なのだった。 指で弾くのではなく”呼吸”で弾くのだ。

そして3人が互いに互いを知り始めると音楽に ニュアンス、ふくみ、キレといったものが
生まれてきた。 音楽は生もの。同じ曲でも弾くたびに出来が違う。すべて一度きり。
一期一会。ライブ演奏のことをスペイン語で
musica en vivoムシカ・エン・ビボというけれど(エン・ビボは生きているという意味)
音楽は正に生ものなのだった。

さて、日曜日返上で新曲づくりをしていると
「ももー、遊びに行こうよ。」
とベラがボカディージョ(サンドイッチ)を2人分用意している。
「どこに?」
「うーん、プラジャ(浜辺)?」
スペインで日曜日に開いているのは潔く教会とレストランだけ。だから日曜日に
やる事と言ったら祈るか食べるか屋外を散歩するしかない。せっかくの日曜日に
お店も施設も閉まってしまうのだ。 慣れないうちは何もやることがない。
でも、“行く所もやる事もない”ってすごいと思う。

自力で楽しめってことだから。

楽しめないのは自分の実力がないせいだ。 そんなマラガと日雇い音楽屋との間で
“ないないない暮らし”を余儀なくされているうちに
いつの間にか“ないないない”が 気持ち良くなってきた。

いや“ないないない”どころか 心と体はいつも“ガナ(やる気)”でいっぱい!
これは一体どうしたことか。

見回してみればマラガの人たちはみんな “ガナ”で顔がてかてか輝いている。
失業率25%なんで思えないくらい陽気で大声で、食べること、話すこと、踊ることが好きで
シエスタ(お昼寝)を大切にして。

マラゲーニョ(マラガ人)が生活のど真ん中に すえているのが
“人生は楽しむもの。そのために私は生まれてきた!” という観念。
これが頭のてっぺんからズコンと 打ち込まれている。

そして人生を楽しむために大切なのがこの“ガナ” なのだ。
ガナ、情熱、熱烈に求めること。 自分のしたいことに熱狂的エネルギーを注ぐ。

他人の目など気にもしないし、だいたい目にも入らない。
まさしく闘牛のようなマラガ人。知らずに来てしまったが マラガは
”大声・闘牛族”の最後の聖地だったのだ。

(第7話に続く)

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「第6話 大声闘牛族の最後の聖地」への3件のフィードバック

  1. 今日の夕方、車の中で76.1FMを流していて、偶然、momoさんの会話に引き込まれました。ナベサダの音楽も流れ、あなたとパーソナリティのKEN?さんとの会話を楽しみましたよ。
    momoさんは、受けごたえも的確で、なかなか頭の良さを感じさせる女性ですね。。。そんな印象を受けました。
    歌手稼業、頑張ってください。陰ながら応援します(といっても何を歌っている人なのか、どんなDiskを出している人なのか全く知りませんが・・・)。ま、こっちは60過ぎのジジイですけど。でもJAZZやClassicを聴くため、オーディオにはかなりこだわっているジジイです。永くなりました、ごめんなさい。。。ではでは。

  2. ~~~コメントを書いてから、ブログを一気に読んだ!
    面白い!引き込まれる!という感じで、まさにイッキ!!
    イラストもウマい!手書き文字もウマい!
    ワシは、こういう業界を永年やってきているから、ウマい下手は
    敏感に分かるのじゃ。
    にしても、momoが愛知県生まれ!ワシは生れは一宮じゃ!
    ナンという身近な存在。それがガナにいるなんて、不思議だがや!

  3. (momoからのコメントです。)
    カトウさん、素敵なコメントをありがとうございました。ジャズやクラシックがお好きなんですね。ご自分でジジイといっておられましたが、とんでもない、スペインでは60代といえば男っぷりのいい、素晴らしい時期。皆さんセニョールと敬称で呼ばれております。なのでこれからは、セニョール・カトウとお呼びしたいと思います。それとも、もっとおちゃめに、ドン・テツオカトウとかのほうがいいですか?お返事くださいね。momo

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