20. 伊藤さんと中岡さん・後編

「かんぱ~い!」
ドイツビールで乾杯すると、わたしたちはさっそく
積もりつもった話に、花を咲かせた。
これまで数年に渡って「聞かされていたべラばなし」に
伊藤さんと中岡さんは数年前から
「ねえ、いつになったら本物に会えるの~?」
「早く、見た~い!」
と、ニッポン初来日パンダを待つ歓迎ぶりとなっていた。
母がいたら、「パンダじゃなくて象!」と言いなおしたことだろうが
この際、動物はどうでもいい。

ベラも、伊藤さんと中岡さんのことは「グラナダの人」として
写真だけであるが、15年近く前から知っていた。
というのも、伊藤さんと中岡さんは、
団体ツアーでスペインまで来てくれたことがあり、
マラガと最短距離になるグラナダまで、わたしはバスで会いにいったのだった。

伊藤さんは「釣り」が趣味で、ひとり山奥の渓流に出かけては
とれた魚を、ご自分の手でスモークしておられる。
会うたびに、この手作り「スモーク」をプレゼントしてくださるのだが
その一部はいつも、きみどり家に奉納され、
残りは、スペインの食卓にのぼっていた。

母は、いつのまにか伊藤さんのことを「スモークの人」と呼び
「今年は味が濃いねぇ、もう少し薄い方がいいよ、って言っといて」
と、まるで来週会う友達への伝言みたいなことを、言うようになっていた。

伊藤さんとベラのあいだに入り、訳しながらなので
話はつっかかりながら進む。
が、話題が「釣り」になると、ふたりは一気に盛り上がった。
「ペスカ・エス・ウン・カミノ!」
「なんて言ったの?」
「釣りとは道である!って」
「おお~っ」
ものすごい勢いで話すべラの言葉を、わたしは必死に訳していった。
「大切なのは、魚を釣ることでなく、魚を釣りに行く、そのことすべて。
川や海べりを歩く、水の冷たさ、ひとりでいるということ、思うこと、感じること、
孤独、釣りの準備、片付け、アクシデント・・・・あらゆることに意味がある。
自分自身を見つめる小さな旅、自分との対話、それが釣りです!」
「ああ~っ」

伊藤さん&ベラ組は、男同士がっちりと握手をして
「マラガで魚釣り」を実現させることを約束し、
中岡さんとわたしは、その横でだら~っと、とどのように寝転がって
「冷たいビールを飲むこと」を約束した。

中岡さんは、完全に「頭脳労働」の人なので、見た目もすらっとしている。
冷静で、感情に支配されることがなく、機嫌の悪いのを見たことがない。
すっかり、釣りの準備に話が咲いている伊藤さん&ベラ組を横目に
「わたしたちは、頭脳労働ですから。ねっ、中岡さん」
と言うと
「そう、頭で、くぎも打てるよ~♪」
と、とんでもない答えが返ってきた。

わたしたちは、来週もう一度、食事をすることを約束し、
寡黙なマスターのいる、おいしいドイツビールの店をあとにした。
そのときになって、さっき中岡さんが
お店の中にある「暖炉」を、ベラにむかって
「ジャパニーズ・ペチカ」と訳していたのを思い出した。

(「ニッポン驚嘆記・21」につづく)

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