15.寝てるだけの京都

昨日の続き。翌朝目が覚めると、すでに9時半すぎ。私たちはトリプルの部屋なので、誰かが起き出してガタガタし始めるまで、部屋の中には全く音も動きもない状態。

「ちょっと!早く、起きて。うわっ、もうこんな時間」
アイフォーンの画面を見ると、9時40分。
「うーん、もう朝・・・今、何時だって?」
「あと20分でチェックアウト」
「・・・・・・」

ここで、がばっと起きたのがハビ吉、さすが現役スチュワート。まったく反応のないのがダビー。こういう時には出だしが大切。で、最初の十分で大きな差がついた。

「先にフロントに下りて、チェックアウトしてるね」
「わかった・・・・今行くよ」
それがきっかり10時。エレベーターのドアが開くと、お掃除のお姉さま方三人が、清掃カートを押しながら上がって来たところ。

「おはようございます」
にこやかに挨拶を交し、何気なくすれちがう。一階のフロントでチェックアウトをしていると、ものすごい驚きと困惑の形相で、十分ほど遅れてダビーが下りて来た。

「ニッポンという国は、世界の中でもずば抜けて特別な国だね」
意味がわからず黙っていると
「10時ジャストに、清掃係が部屋をノックしたよ」
70か国以上を旅したダビーが、そんなことは『世界中で』今まで一度もなかった、と言う。
「ラジオの時報より正確だよ、彼女たちは」

無事、ホテルをチェックアウト。さっそく京都へ向かう。近鉄は早くて安くてとても便利。なのはいいが、満席。それも、全員が窓際を背にする「完全向かい合わせスタイル」
の配置。その中で、わしわしと朝食のおにぎりを食べるハビ吉。それを見守る何十という目、目、目。

「電車の中って、食べてもよかったかなぁ。禁止だったかも」
「えーっ、だめなの?」
「わかんない。ま、外国人だから、何も言われないかも。注意されたら、すみませんって謝ればいいよ」
「でもさーももー、これ、どうやって食べるの?」

そうであった。コンビニのおにぎりは、順番に包み紙を外しながら、のりを巻きつけていくのである。
「おぉおー、すごい。こんなシステムがあるなんて!」
大声で感動。おにぎりが、ハビ吉の頭上に高く掲げられる。

「そうか。こうすれば、のりがずっとパリパリの状態のままキープできるんだね!すごいなぁ」
感動のポイントがいちいち違う。写真にまで撮る始末。

完全に「車内のアトラクション」になっているのにも気がつかず、本人は大満足。ツナおにぎりをおいしいそうに食べきり、少しはおとなしくなってくれるかと思いきや、気持ちよさそうに歌を唄い出した。

「ちょっと、やめてよ」
もちろん、鼻歌。ではない。あのスペイン独特の腹式呼吸で、それもアンダルシア民謡。うるさくて、次の停車駅を告げる車内放送が、聞こえないではないか。
「ちょっと、だめだって」
「どうして?日本の人だって、スペインの歌を聞きたいかもよ」
「・・・・・・」

それまで黙っていたダビーが、ぽつりとつぶやく。
「ももは、何人(なにじん)に見えるのかなぁ」
「日本人に決まってるでしょ」
「でもさー、さっきからずっとスペイン語だし、はきはきして声も大きいし。」
「はあぁ?あなたたちが私の声を大きくさせるんでしょう」
「日本人はそうやって、手振りしながら話さないよ」
「・・・・・」

京都駅へ到着。まずはインフォメーションカウンターへ。それが、驚くべき資料の豊富さと、対応の早さ。もちろんすべて英語でOK。

ホテルへ向かうバスを待っていると、だんだん気分が悪くなってきた。熱中症は、一晩休んだくらいでは回復してくれないのであった。

「だめ、また調子悪い。だるいし、めまいがする」
「えーっ、大丈夫?」
なんとかホテルに到着。予定では、これから「金閣寺」「清水寺」界隈を散策。なのだが、とても行けそうにない。

「ごめん。本当に。でも、とても歩けないよ。横になりたい」
「ももー、何か買ってこようか?水だ!水を飲まなきゃ」
「案内できなくて、ごめんね。二人で行って来られる?」
「大丈夫だよ。アイフォーンがあるから、道は教えてくれるし」

ホテルのフロントで無理を言って、チェックインさせてもらう。冷房のきいた部屋で荷物を下ろし、そのままベッドにひっくり返る。
「あー、極楽・・・」

気が付くと、また三時間ほど寝ていた。体力が消耗しているのを感じる。なにより思考力が、ない。近くのコンビニでヨーグルト、サンドイッチ、トマトジュースなど買い込み、ホテルへ戻ろうとふと顔を上げると・・・

「ブックオフ・・・じゃん」
ホテルの真ん前にそびえ建っていたのは、古本屋のブックオフ。なんだかまぶしく、光輝いて見えた。聖堂のように。
「あぁあー本が読みたい。ベッドにひっくり返って、だらだらしながら読めたら幸せだろうなぁ」

想像するだけで恍惚となり、不思議な元気が湧いてきた。さっそく大好きな推理小説二冊を購入。部屋に戻るや、再びベッドにひっくり返り
「本、飲む、本、食べる、本、眠る、本、トイレ、本、飲む・・・」
を、ひたすらくり返す。

そうしていると「ピン」と、アイフォーンが鳴り
「もも、大丈夫?よくなった?これから夕方一緒に出かけられそう?」
送られて来た写真の一部がこちら(一~三枚目)。金閣寺、清水寺をめぐり、今ホテルめざして戻る途中。だという。それもすべて徒歩で。

「あぁあ、やはり行かないでよかった」
34度。湿度95%の中、一緒に歩いていたら、それこそ回復不可能。スペイン帰国も危ぶまれた。はず。

京都まで来てお寺も見ず、ひたすらホテルの部屋で寝っころがっているだけ。元気な時だったら「信じられない」この状態が、軽度の熱中症に見舞われていると
「あぁ、なんて贅沢。京都でしっとり読書」
なのである。

結局、夕食だけ一緒に参加。食欲はまったくなし。とりあえず
「温かいものでも食べなきゃ!」
と、うどんを食べてみる。あぁあ、つゆがおいしい(笑)。これで十分。ハビ吉とダビーはものすごい勢いで
「うどん、ラーメン、カツどん、うなぎ」
をかき込んでいる。うっ。見ているだけで、気持ち悪くなりそう。人間、体調が悪いと、シンプルな味付けに惹かれるのだ。

「明日はなんとか、よくなりますように!」
「大丈夫だよ。今日ゆっくり休んだんだから」
「そうだね」
「で、何してたの?ホテルで。一人」
「本、読んでた。連続殺人事件の」
「はっ?・・・・・・」

マラガに日本の本屋はない。日本の本などめったに手に入らない生活をしていると
「本屋へ行く」
「本を選んで、手に取る」
というのは、ものすごい贅沢、かつ高貴な行為なのだ。

若い時は、絶対に見たい景色とか、行きたい場所があった。それをしなければ、どうしても気が済まなかった。それが年を重ねてくるとどうであろう。
「出会えたものが、今の自分に必要なものなのだろう」
と、素直に思える。

力が抜けた。というか、大きい目で見れば
「すべてに意味がある」
と、感じられる。それが、年を重ねると言うことなのだろう。

体力が落ち、今までのように体が動かなくなる。その代わりに
「理解する喜び」
が届けられる。人生とは、なんとうまくできているのだろう。

「もものお父さん、豊橋駅に迎えに来てくれるんだよね」
「それからランチだからね」
「やった!やっとベルトコンベヤーの回る寿司だ」

そう、明日は京都から豊橋へ。駅前で父と合流して、お約束の「回転ずし」へ。その後は、豊橋の実家へ「お宅訪問」の予定。

「どんな家なんだろう」
「日本風の造りなんだよね?楽しみー」

しかし、二人はまだ知らなかったのだ。「お宅訪問」は口実で、奥の和室に一歩、足を踏み入れた瞬間
「吹き矢大会」が、待ち受けていることを。

(明日に続く)

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「15.寝てるだけの京都」への2件のフィードバック

  1. 夫もおにぎりの包装には感動していました。(アレ、外国の人はみんな感動するみたい)
    熱中症は辛かったですね。でも読書三昧できて良かった・・・
    昔ヨットに乗せてもらっていきなり船酔いし、三日三晩ほぼ飲まず食わずだった時、”おにぎりと貝のみそ汁~~”と思いました。やっぱり日本人だな。

    私は50回ってから一から英語を習得し始めたので、日本語の本は避けています。と言うのも簡単に日本語頭に戻るので(笑)
    でも家にこもってブログばっかり読んでるから英語が口から出ない!
    momoさんは”ん?日本人?”と思うくらいスペイン的みたいで素敵♪

  2. ということは、Mayさんの旦那様は日本人ではないのですね。
    初めて知りました(笑)ということは会話は英語で?
    なぜか勝手に日本人だと思い込んでいた私。

    それならおもしろい発見が沢山あるでしょうね。
    ま、いきちがいや驚きも同じくらいあると思いますが・・・
    私は「ケンカ」は断然スペイン語の方が得意です(笑)。

    それにしても船酔い、つらかったでしょうね。
    「生きのびれれば、すべてよし!」(友人の口癖)

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