第40話 契約に異変

1ヶ月ぶりに戻ったマラガは、やはり何も変わっていなかった。
線だか管だかを引くために穴だらけになっていたアスファルト道は見事にそのまま、覗くと
枯葉やゴミが溜まっている。

チュッピーも今回は“飼育係”─みんなの“縫い物係”ウクライナのステファニアが
ついていてくれたおかげで、相変わらず頭はツクツクとハリネズミのように
なっていたが元気に飛び跳ねていた。
このあたりのマラガ下町コミュニティの連携プレーぶりは見事だ。
ステファニアに“マッサージ”をし、その後、“縫い物”の仕事を1ヵ月分かき集めた。

「さーて!来週から仕事だぞぉ」
挨拶の電話を入れるベラの様子がなんだかおかしい。
「えっ…でも…まさか…いや…ええ」
6ヶ月の契約をもらっていたレストランに何か異変が起ったらしい。
「どうしたの」
ベラは受話器を握ったまま呆然と立ち尽くしている。
「レストラン、つぶれちゃったって」
「え──っ!」
家にあった持ち金をかき集めると2ヶ月は生きられることが判明。
「こうなることがわかっていたら!」
ベラが肩を落す。
旅行には行かなかったのに、と後に続くのだろうが
私は全く反対のことを考えていた。
「よかった。失業を旅行前に知らされないで。
知っていたらあんな豪遊タンゴ三昧はできなかったもんね」

とはいえ2ヶ月しかないので翌日からさっそくレストランに片っ端から電話を始めた。
が、3月のマラガはオフシーズンど真ん中。
「夏が始まったら電話して」
とすげなく断わられ途方に暮れた。

「レストランがダメなら別の場所を探そう!」
「別の場所って?」
ベラがマテ茶を飲みながら顔だけこっちに向ける。
考えていたのはマラガとマルベージャにある“超高級住宅区”のことだった。
この3,4km四方に広がる一帯には“屋敷”“宮殿”としか呼べないような大邸宅が
密集していた。
「で、そのお屋敷にどうするの?」
ベラは私の真意を測りかねてボンビージャ(マテ茶ストロー)を
チューチューいわせながらマテ茶を吸い上げている。
「ポスティングよ!一軒一軒回って郵便受けに広告を入れるの。
プライベートパーティにバイオリン&ピアノはいかがって」
「一軒一軒?」
聞いただけでベラは卒倒しそうだった。
「じゃあそれ以外に何か案あるの?」
チューチューとマテ茶を吸う音だけが響く。
「じゃ、そういうことで。私、広告作りに取り掛かるから」
さっそくポストに入るA5サイズでチラシを作るとギジェルモのもとへ走った。
コピー屋の主人であるギジェルモはマラガ下町コミュニティを支える
縁の下の力持ち的存在だ。
あらゆる広告やチラシはここで作られ彼の店は第二のオフィスと化していた。
「また、もも?」
いつも広告だ、チラシだ、楽譜だとここに来ては
「お金がないので一番安い方法でやって!お願い、その代わり、
有名になったら必ず返します!」と泣きついてはコピーをしてもらっていた。
「お客がももじゃ儲からないよ」

とこぼしながらも「で、今度は何?」
「ポスティングするの。お金持ちの家に一軒一軒」
それを聞いたギジェルモは絶句し
「他の人には言わないように」
とやはり特価で200枚をコピーしてくれた。

(第41話につづく)

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