第89話 バルセロナの夜を騒がす

「ムシカラバナ」3日目は、いよいよ『スペインの米どころ』、バレンシアに到着。
「うわぁ~、ほんとに田んぼばっかりだぁ~!」
さすが、米どころと言われるだけあって、行っても行っても水田が広がっている。
「うわー、懐かしいなぁ!」
それはまぎれもなく、あの、日本の田園風景なのであった。
バレンシアといえば『パエジャ』が有名。が、お金のないわたしたちは、いつものごとく自炊。
でも、気分だけでも味わおうと、魚介類をスーパーで買ってパエジャの夕食。
「お疲れさーん!」
ビールで乾杯。地平線に広がる水田風景に、しみじみとしたが、
まさかこの数時間後に、わたしたちを襲う惨事が待ち構えているとは、思ってもみなかった。

「さて、明日も早いから、そろそろ休もっか」
いつものように、ガソリンスタンドで1日の掃除と、シャワーをすませると、
さっそく台所からベッドに変身した後部席に、ごろりと横になった。
「ああ~、疲れたー」
「眠いよー」
お互いが、互いのラジオでありテレビとなってしまったわたしたちは,
今日一日の出来事を話し合いながら、いつのまにか眠りについた。

「ぎやぁああ~」
「うわぁああ~」
それから1時間もしないうちに、わたしたちはほとんど同時に目を覚ました。
「かゆいよ~!」
あわてて蛍光灯で、足や腕を照らし出して見るが、なんと体中、
『蚊』に刺されてぼつぼつになっている。その数がはんぱでない。
「うわあ~、首も背中も、足の指まで!」
わたしたちは、夢中でかきむしりながら、はたと、悟った。
年中、乾燥したマラガとちがい、ここは『米どごろ』バレンシア。
『水田』のおかげで『蚊』が大繁殖しているのである。

「うかつじゃ~っ!」
と、薬を体中に塗りこむが、時すでに遅し。
「1,2,3・・・9・・・17・・・25・・・・・」
ってベラ、数えてる場合じゃないでしょう。
蚊取り線香をあわててつけるが、バレンシアの蚊には全く効き目がない。
いつもだらだら、ぼぉ~っとしているマラガの蚊とは、勢いがちがう。
「蚊取り線香もだめ、って、どうしたらいいの?」
「う~ん・・・・」
全身に虫よけスプレーをぬるが、攻撃の手はいっこうにゆるむ気配なし。
「すごいなぁ、バレンシアの蚊は」

20分くらいしても、おとろえることのない蚊の攻撃を前に、あきらめたようにベラが言った。
「もも、暑くて死にそうなのと、かゆくて死にそうなのと、どっちがいい?」
「へっ?」
「だから、車のドアと窓を完全に閉めて寝るか、開けっ放しで寝るか」「・・・・・」
『熱地獄』か『蚊地獄』か、それは究極の選択に思えた。
わたしはしばらく考えて「窓を閉める」、つまり『熱地獄』を選んだ。
そして、そのわずか10分後、
「ぎえ~っ、あづい!蚊に刺されてもいいから、窓開けてっ!」
と、生存のプライオリィティを、自らの肉体をもって、知らされることとなった。

さて、4日目は『ペニスコラ』、海に突き出た中世の『城砦都市』で、散策にはもってこい。
かわいいお土産屋やレストランが、石畳の迷路のような通りに軒をつらねている。
5日目は『タラゴナ』。
ガソリンスタンドから、この「ムシカラバナ」の目的地、ゴール地点となっているベラの友人宅に電話をすると、すごい剣幕で
「いったい、どこにいるんだ~!マラガからバルセロナまで何日かかるんだあっ」
と、叫んだ。
時速150キロでマラガ~バルセロナ間をわずか1日で運転しきる彼は、
わたしたちの車が時速40キロであることを聞くと、しばらく言葉を失っていた。
そして6日目、ついに念願のバルセロナ入り。
「バ、バ、バルセロナだ~!」
「エモス・ジェガード(着いた~)」

ベラと40年来の友人である『ドゥーケ』は、堅く肩を抱き合って再会を確かめあった。
ウルグアイ人で、医者である彼は、とても知的でエレガントな人だった。
南米人は比較的、野性的な感じの人が多いのだが、長身で、銀ぶちメガネ。
人生を手術に捧げた『執刀医』なのであった。

『ドゥーケ』は、奥様と息子さん、そして大型犬と4人で暮らしていた。
4人の息子は、すでにひとり立ちし、よその町に移り住んでいる。
わたしたちは1週間の予定で、彼らのお宅におじゃますることになった。ウルグアイといえばアサド(南米式バーベキュー)。さっそく庭で火を起こし始める。
ベラとドゥーケは、子どもに戻ったように、いつまでも尽きない話に、花を咲かせていた。
ここまでは、よかった。問題は、ここからである。

今まで粗食であったベラは、一気に『肉食』となり、この暑いのに、
今までの分を取り返すかのような勢いで、毎日キロ単位で牛肉を食べ始めた。
そして、ドゥーケ一家が
「犬、みててくれる?僕たちバケーション行ってくるから」
と、大型犬をわたしたちとおよびこの家に遊びに来ていた息子に預け、飛び立ったその夜、騒動は起こった。

「うわぁあああ~!」
ベラの絶叫で、目を覚ますわたしたち。夜中の3時。ベッドの上で
「あああ~っ、痛い、痛い!」
と、息たえだえで転げ回っている。その様子が尋常ではない。
すっかり仰天したわたしたちは、あわてて救急車を呼ぶ。が、隣町に住んでいる息子は受話器を握りしめたまま
「もも~、この家の住所、知ってる?」
わたしは必死で、なにか住所の書かれたものはないかと家の中を探し始めた。
そして、リビングの端にふわりと置かれていた、一枚の『電気代の領収書』を見つけ出した。
「あった、あった!」

救急車はすでにこちらに向かっていたので、10分もするとサイレンの音が家の近くで聞こえてきた。
「もう、だいじょうぶだよ」
「そうだね」
2日前、知り合ったばかりだというのに、わたしたちはもう十年来の友人のように、うちとけていた。
ほっとして、思わず顔を見合わせる。
『災難の共有』は、わたしたちを一晩で、友達にしてしまった。

「あっ、来た来た!」
「だいじょうぶですか!」
救急車から白衣のドクターたちが、なだれ込んでくる。
「さ、もも、もうだいじょうぶだよ」
「うん」
確かに、おかげでベラは命拾いをした。
が、この騒ぎは、これから立て続けに起こる『悲劇』の、幕開けにしかすぎなかったのである。

その翌日、入院したベラの病院から帰ってきたわたしを、ご近所、セキュリティ会社、警察をまきこむ大騒動が、待ち構えていた。
(第90話につづく)

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「第89話 バルセロナの夜を騒がす」への7件のフィードバック

  1. ひぁー、
    でも早く続きがーヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3読みたい(^_^;)

  2. 虫除けスプレーも効かないたくましい蚊の大群はやだなぁ・・・。昔、山で何かの虫にさされたら1か月経ってもかゆくてかゆくて辛かったのですが、そんなに大量にさされて、その後、大丈夫だったのかしら。

    というか、かゆさがどうのというレベルではないですね。入院騒ぎが起きているので。

    しかし、「悲劇の幕開け」ですか。今後の展開が怖いです。。。

  3. 蚊対策はひょっとして「蚊帳」があればよかったのか。それで防ぐことができるような蚊なのか。ちょっと知りたい。

  4. Tomilloさんの顔文字、
    すごいことになってますね。
    こういうものが、本当に入力されているのですか?
    お返しに、作ってみました。

    (==’)(・。・)(’」’)(l・l)(w・w)(・O・)
    (・J・)(X・X)

  5. クロ隊長のおっしゃるとおり、『かゆさ』は2週間近く、続きました。
    が、『入院騒ぎ』で、そんなことは言っておれなくなり
    さらに『泥棒騒ぎ』で、
    自分のからだの存在も、忘れてました。
    これは、90話で書きますね。はぁぁ~。

  6. 『かちょう』って、読んでました。
    『かや』ですね。
    どうして『帳』なんですかね。

    たしかに『かや』があれば、防げたと思います。
    これもマラガで、『蚊なし軟弱生活』を送っていたためですね。
    日頃から、厳しい環境で暮らしていれば!
    って、『40度の熱風テラル生活』で十分か。

  7. 蚊帳は「かちょう」とも読むみたいですね。でも、「かちょう」って言われたらわからない。やっぱり「かや」だな。

    何故「帳」なのかですが、「帳」を「とばり」と読み替えると理由がみえてくる気がします。

    蚊もいやだけど、熱風もいやだな・・・。軟弱生活者は間違いなく今の私。どちらも耐えられません。

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