第24話 毎日がサバイバル

“日雇い音楽屋”を始めてはや2年。本当にいろいろな仕事があった。
この2年で何が身についたって “めったに驚かなくなったこと”だ。
それくらいスペイン・マラガでの音楽屋暮らしは毎日「ひぇ~」「そんなぁ」「聞いてないよー」
「明日のことはわからない」の連続だった。

というのもマラガのレストランや音楽関係者の方々が日本では想像もつかないくらい
いー加減なので、タンゴの話で行ったのに舞台にのぼった瞬間
「変更!ワルツ、ワルツ弾いて!」
とか
中庭で弾くと聞いていたのに行ってみたら突風の吹きすさぶ丘の上だったとか
(楽譜を片手で押さえながら弾いたが数枚は消えていった…)

プライベートパーティと聞き機材を携えて乗り込んだら、ホテルの前の浜辺に
連れて行かれたとか(電源も無いのにどうやって音を出すんだ!)
全く思ってもみないことが次々起るので最初の頃はいちいちショックを受けて大変だった。

あんまり疲れるので、どうにかならないもんか
と、あれこれ考えるうち
「そうだ!思ってもみないからショックを受けるのだ。
だったら最初から“思ってみなけりゃ”いいんじゃないか?」

うそみたいだが、これは本当だった。先入観や思い込み、固定観念が無ければ
想像と現実の間に差が無いのでショックも起らないのだ。
「すごいっ…!」
この事実に私は心底感動してしまった。

そうして私の口癖になった
「さて、今日はどんな思ってもみないことが起るのやら!」
最初は一人でつぶやいていたのがそのうち人前でも口をついて出るようになり
気がついたら、そう力強く言い切った後
「ふっふっふっ」
と不敵な笑みまで浮かんでくる始末。
うーむ、これはいったい。

そんなある日、ベラと本屋に立ち寄ったときのこと。
ある冒険家の書いた『サバイバル』という本を目にしたベラが
「わざわざジャングルに出かけなくたって
ねぇ、これって僕たちが毎日してることだよね」

私たちが毎日していること?サバイバル?
そうか、そうだったのか。
私はしばらくショックで動けなかった。
この2年間、毎日がサバイバルだったという事実にではなく
毎日していたのがサバイバルであったという
ことに2年間も気付かずにいた自分自身に。
なんてオマヌケなんだろう。
でも…と思う。気付かないことも人生では大切なのかも。
そのお陰できっとここまで来れたんだから。

(第25話につづく)

 

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