第23話 魔法の呪文

 全財産をはたいてピアノを買ったので私は再びすっからかんになってしまった。しかし、一度“一文無し”を体験していると“振り出しに戻る”だけだ。(すごろくか?)

それより何より
「自分の道の上に立っているんだ!」
という喜びで仕事探しの電話にも自然と力が入る。

最初の頃は電話をするのが怖かった。スペイン人というのは恐ろしく早口なのだ。
さらに日本人のように句読点で一呼吸してくれないので
どこでフレーズが切れているのか、まるでわからない。
さらに完全腹式呼吸でフレーズをつけるため、それはまさに“カント(歌)”だった。
住所も電話番号も一度では正確に聞き取れない。
2回は聞き返せても3回目には不機嫌な調子で電話を切られた。
「はぁ──っ」

外国人が相手だと分かっているのに、どうしてもっとスピードを落としてくれないんだろう。

スペイン人に“その機能”は付いていないし、ひどいとこっちが
わからないものだから余計にスピードアップし説明する言語量が倍増する。
それは街中の至るところで繰り返された。

「ベラ、また叱られちゃったみたい」
そこで普通なら
「じゃあ僕がやるよ」
と言ってくれるのであろうが
「そのうちできるようになるよ」
とベラは私の頭を犬にするようにポンポンと叩いた。

マラガ下町コミュニティではできることは、すべて自分でやるのが基本なのだ。
私には“スペイン語が下手だから”と言って
引き下がれるような環境は与えられていなかった。
できようができまいが“やるしかない!”のだ。
「やるしかないのだ!成せばなる!」
そう口にして驚いた。
それは6才の時、祖母とくばあちゃんに暗唱させられた言葉だったのだ。

「成せばなる、成さねばならぬ何事も。成さぬは人の成さぬなりけり!」
祖母は6才の私に100回近くこの言葉を繰り返させ念仏のように唱えさせた。
「真面目に働きんさいよ。何かあっても文句を言ったらあかんでよ」
岐阜のとくばあちゃんはいつもそう言っていた。
そして私がピアニストになると言った時も
「ももー、がんばれよ。ばあちゃん、ももに会いにスペインに行くでよお」
と言ってくれた。

とくばあちゃん、元気かなぁ。
思わず涙が出そうになる。

「よしっ!」
私は勢いよく立ち上がると、白い紙に太い黒マジックで
とくばあちゃんの名句を書き付けた。
それは私がひとり立ちする時に祖母が贈ってくれた言葉だ。
「自分の城は自分で守る! とく」

とくばあちゃんの署名まで入れておいた。
その方が、ばあちゃんに言われているような気がする。
そしてこれをピアノの前の壁に貼るとマラガ式完全腹式呼吸で読み上げた。
「自分の城は自分で守る!オ~レ!」

苦しいことがあるたびその紙の前に立ち、ばあちゃんの言葉を念仏のように唱えた。
それはどんな時も私を勇気でいっぱいにしてくれる
“魔法の呪文”だった。

(第24話につづく)

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