くしハーモニカ

スペインの不況を受け
「外食」はもちろん、「映画」も見れなくなって2年目。
そんなわたしたちが気に入っているのが
「ヨーロッパのほとんど無名の映画」を、テレビで見ることである。

フランス、イタリア、イギリス、オランダ、ドイツ、スウェーデン・・・など
ヨーロッパ各国の、まったく商業的でない映画が
テレビでふつうに見れるとき
「さすが、スペインはヨーロッパ!」を実感する。

やたらに破壊シーンや特撮が乱用されるアメリカ映画が
好きになれないわたしたちは
人間的なヨーロッパ映画が、好きなのだ。
主人公は、どこにでもいるふつうの人で、スーパーマンではない。
淡々と流れる時間、暮らしの中で人々が持ちえる
独特なユーモア精神。味のある会話。
石畳の通りや、古いアパートメント、はげた自転車、中古のぼろ車。
なじみのバー、行きつけのメゾン・・・裏通りを闊歩する捨て猫たち。
それは、実にヨーロッパらしい色合いなのだ。

さて、この日は旧ユーゴスラビアの映画であった。
内容は割愛するが、この映画の中に
「くしをハーモニカにして吹いている男」が登場する。
駅の構内で、お金を稼ぐために吹いているのであるが
このシーンを見た瞬間、べラが声をあげた。

「あれ、僕もやったことがあるよ!」
「はぁ?何を」
「くしを、ハーモニカにして吹くの、小さいときやらなかった?」
「やらない。それで音は出るの?」
「当たり前です、じゃなきゃハーモニカにならないよ」
「くしで、どうしてハーモニカになるの」
「あ~っ、だから!やって見せましょう」

男性用の薄型のくしを探し出してくると、そこに薄紙を巻きつけている様子。
それを唇にあて、吹いてみると・・・
「ブゥオー、ビビ~ブ、ベー」
って、全部、音が「バ行」だけど。
「ハーモニカとは音の感じが全然ちがうよ」
「もっといい音が出るんだって!」

べラの形相がすっかり変わっている。
CMも終わり、映画の続きが始まるが
もう、それどころではない。
くしハーモニカの決着がつくまでは
「今夜は眠れないな」
という気配が、リビングに漂い出した。

「誰か、教えてくれないかなぁ、コツがあるんだよ、これには!」
友人の顔を、次々思い浮かべている様子。
「ブビブビー、バ~、ブォー」
全力で吹いてくれているのはわかるが、どうしても「バ行」から脱出できない。

「あのー失礼だけど、べラの声がそのまま音になってない?」
「なに、どういうこと?」
「だからー、ふくとき『ブビブビー』って、言ってない?」
「・・・・・・」

すっかり疲れて果ててしまい、ふたたび映画に戻る気力もなく
わたしたちは、寝ることにした。

翌朝。
「ブビブビ~」という不思議な音で、目が覚めた。
最初それが、くしハーモニカの音とわかるのに数秒を要したほどだった。
誰が朝から寝室で、くしハーモニカをふくだろうか。
非常に迷惑だったが、このまま毎朝ふかれてはたまらない。
「昨日より、音がよくなってるみたい、よかったね」
と、怒るかわりに、ほめておいた。

~音楽と絵の工房~地中海アトリエ・風羽音(ふわリん)南スペインだより