第67話 アベ・マリアNGの結婚式

いつものようにマテ茶をチューチュー飲んでいると、電話が鳴った。
「来週の金曜日、空いてる?」
音楽関係者のカルロスだった。
あのアラブの王様の仕事(第53-54話参照)をふってきた人である。
マルベージャホテルで『ユダヤ人の結婚式』があるのだが、
「けっこう注文がうるさいんだよねぇ~」
と鼻っから『何とかお願い』モード。
「ユダヤの曲、弾くんですか?」
「それがさぁ~」
聞いてびっくり。楽譜は送られてくることになったものの、
弾くタイミングがふだんの結婚式とは、まるでちがう。
進行していく各儀式には、ちゃんと名前がついているのであろうが、
それらの名称にまるで無知のわたしたちに出された指示はどれも、
『7回まわるとき』
とか、
『だれだれが、なになにを渡すとき』
とか、彼らの動きによって判断するようになっている。
これって、かなり不安だ。だって、一瞬ぼぉ~っとして
彼らの動きを見落としちゃったら、どうなるの?

さて、一週間練習に励み、当日ホテルへ行くと、カルロスの頭の上にユダヤ人のかぶる
あのメロンみたいな帽子が置かれているではないか!
「カルロスって、ユダヤ教だったの?知らなかった~」
ためいきをもらすわたしに小声で
「今日だけね。かぶってみたんだけど」
って、そんなことしていいのか。じゃあ、このあいだアラブの王様のとこ行ったときは
頭に白い布、巻きつけてたんだろうか・・・
「さぁ、出番だよ!」
わたしたちは続々と到着する招待客のために、静かなクラシックを弾き始めた。
そして、花嫁の入場、誓いの言葉と、式は問題なく過ぎていくかのようにみえた。
と、そのとき、カルロスが声を上げた。
「おっとハプニング、何か弾いて場を持たせて!」
わたしたちは自動的に『シューベルトのアベ・マリア』を弾きだした。
結婚式の定番である。その瞬間、
「おおおっ!」「ああ~っ」「うわああー!」
というものすごいざわめきと戸惑いが会場中に広がり
1番えらそうな、ひげだらけの紳士が恐ろしい形相でこちらに近づいてきた。
「や、やばい!他の曲、弾いて!早く」
事の重大さに気づいたカルロスが、あわてて指示を出す。
「アベ・マリアってキリスト教だよね、ああっ、宗教に関係ない曲弾いて!」
って、急に言われても浮かばんぞ。
「アルビノーニのアダージョは?」
「アルビノーニって、何人?ドイツ人はやめた方がいい」
って、なんの話なんだ。
カルロスとわたしが必死になっている横でベラは
「アベ・マリアって、すばらしいよね」
って感動しているし、もう一か八かで『アダージョ』を弾きだした。

なんとか、ひげの紳士をカルロスが納得させ、わたしたちは再び式の演奏を
続けさせていただけることになった。
この一件で、自分が意外に土壇場に強いこと、条件反射力があることを知り、
またベラは、まったくあてにならないことを知った。
さて、わたしたちは『花嫁が7回まわるとき』のため、スタンバイしていた。
ちょろちょろ花嫁が、壇上で動くたび、
「これは1回転目の一部ではないのか」
と、目を皿のようにして、壇上の動きを見守っていた。
なにごともそうであるが、事が起こるのはたいてい、ちょっと気をぬいたときである。
「はぁ~、なかなか回らないよね」
とベラがバイオリンを肩からおろしたとたん
「ちょ、ちょっと、回ってない?あれ!」
「ひや~、回ってる!」
「早く、早く!もう2回転目に入った」
って、必死でちょっとアップテンポで弾いた。
「はああ~」
なんとか間に合い、花嫁は無事7回、回転し花嫁となった。

式の最後は『ハバ・ナギラ』で締め。
♪ハーバー、ナギラ、ハーバー、ナギラって、みんなで歌ってわたしたちもほっ。
やれやれ。
機材を搬出しながら、今日一日で3歳くらい年をとった気がした。

 

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