3.ヘンゼルとグレーテルになった日

豊橋駅では、1年ぶりに会う両親が待っていた。
「とみこさ~ん、のぶゆきさーん!」
二人の笑顔を見るや、べラの体からがっくりと力が抜けた。
「ここまでくれば安心!」
と、その巨体は言っていた。

べラにしたら、たとえニッポンに着いても
「きみどり家」に着かぬ限り、気が気でないらしい。
どこかではぐれて一人ぼっちになるのでは、と心配で
まだ「外国にいるのと同じ」らしい。
まぁ、日本語もよくわからず、「1円も持っていない」のだから当然か。

さて、車から荷物を「ええいっ」と、勢いよく下ろした瞬間
「ぱかっ」
と、ブーツの底が取れてしまった。
歩くたびに、少し遅れて「びろーん」と、くっついて来る。
なかなか不思議な光景ではある。

「どうして、こんなぼろぼろの靴、はいてきたのっ!」
と、母はあきれかえり、それがゆっくりと嘆きに変わるあいだ
わたしはこれまでのブーツの度重なる激務
「5階からスーツケース下ろし」「パリの1時間の乗り換え」などを
思い返していた。本当に、よくやってくれた。
日本に、それも我が家に着いてから壊れるなんて、いたいけである。

「強力ボンドある?靴の底、貼り付けたいんだけど・・・」
「はあ?別の靴を履きなさい」
「だって、これ一足しか持って来てないもん」
「靴って、これだけなのっ!」
母はすごい勢いで、ブーツをどこかに片付けると
「必要なのはボンドではなく、新しい靴です!」
と、鮮やかに言い切った。
その口調だけで、「今すぐわたしは靴を買いに行くのだな」ということがわかった。

代わりの靴がないので、スリッパをはいてイトーヨーカドーへ行く。
試着して、5分で靴を選ぶ。
「このまま履いて帰りますので、包装はいいです」
「では、お客様の靴を、お包みいたします」
スリッパを手渡すと、お姉さんは一瞬、不思議そうな表情を浮かべた。

そのあいだ、お昼寝をしていたべラは
「夕食に行くよー!」
の声で、むっくりと起き上がった。
「ととまる(魚魚丸)?」
「そう、回転寿司!」
「ああ~、お寿司だーっ」

まぐろ、サーモン、さば、あじ、えび、たこ・・・
くるくる回って届けられる、色とりどりのお寿司たち。
見てるだけで、幸せな気持ちになってくる。
これ自由に、どれだけでも、手に取って食べてもいいだなんて!
1年間、外食がなかったわたしたちにとってこれは
「お菓子の家」を前にした、ヘンゼルとグレーテルである。
「ああーっ、好きなだけ食べていいんだよねぇ・・・」
ベラが、うっとりとつぶやいた。

(「ニッポン再発見記・4」につづく)

 

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