第10話 マラガの夏到来 50度の熱風の中で弾く

夏がやって来た。ヨーロッパの西の果て、さらに南の果てであるスペインの夏は暑い。内陸のマドリッド周辺は最高40~45度に達し、連日熱中症の警報や家畜が死亡するニュースが伝えられる。

で、マラガはどうかというと、そんなスペインの最南端にありながら、地中海の
お陰で最高でも35~38度なのである。オ~レ!
運がよければ、30度前後で海からさわやかな風が吹いたりする。
さらに湿度が低く空気が乾燥しているので、日陰に入れば涼しささえ感じる。
まさに中学校の時、勉強した“地中海性気候”は、ここにあったのだ。

そんな台風も地震もないマラガにも地元民を震え上がらせている
恐ろしい“現象”がひとつある。
 それは、夏の間、数回に渡って吹き荒れる“テラル”という熱風だ。
「たかが風」
なんて思っていると、とんでもない。取り返しのつかないことになる。
この熱風(テラル)、スペイン内陸およびアフリカ大陸(サハラ砂漠)から
吹き寄せる熱風のかたまりで50度にも達するのだ。
マラガ人は、少しでもこのテラルの気配を感じると
「あ~っ、来たー!」
と叫んでバタバタと家中の窓をものすごい勢いで閉め始める。
外気が侵入して来ないように完全密封である。気づかず窓を開けっ放しにしておくと
気づいたときには、時既に遅し・・窓から50度の熱風が流れ込み
家中ドライヤーの風ということになっている。そんなテラルの日の車の移動は
地獄である。これだけ暑くても冷房車がまだ50%くらいのマラガでは
「わわわっ、来た!閉めて!」
という叫び声と共に真夏の炎天下、車の窓を全て閉めなくてはならない。
その途端今度は、暑さと息苦しさで気持ち悪くなってくる。
「ぐぇーっ、暑いー!」
と耐え切れず窓を開けるや車内よりも
はるかに暑い空気が壁のように横たわっている。
「あっ閉めて、閉めて!」
ってその繰り返しである。
時折テラルが去ったことを確かめるため、手首から先だけをそっと外に出してみるが
それはまさにスープの中に手を入れている感覚なのである。

そんなテラルの日、マラガ人はみんな室内に避難するのだが
テラルを知らない外国人は
「暑い~!」
と言いながらホテルのプールサイドや庭で干からびたようになっている。
「なぜ中に入らないんだ!」
と怒りさえ湧いてくる。
そんな外国人観光客のために私たち音楽屋は、無情にも50度の熱風の中に置かれ
演奏を続けなければならないのだ。
熱いを通り越し、頭はぼんやり、行動ものろくなり、まさに意識もうろう
楽器を弾く指の感覚はとうになくなっている。
唇や口の中はもちろん、皮膚という皮膚から徐々に
水分が吸い取られていくのがわかる。
“生きながらミイラ化する”ってこんな感じかなぁ~と高級5つ星ホテルに居ながら
私たちの労働環境は、サハラ砂漠のキャラバンと同じであった。
私達は、休憩になるたび、アヒルのようにバシャバシャと全身に水をかけ
水分を補給した。
飲んでいるだけでは、とても追いつかないのである。
そして再び50度の熱風の中へ・・・・。 こんなことまでして弾く音楽屋。
私たちは、冷房の効いたレストランの中で働くボーイや掃除係のお姉さんを
羨ましげに見つめる。まさにラクダの心境であった。

(第11話につづく)

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