4. 初の居酒屋と箸のレクチャー

取材も無事終了し、大野さんとクロさん、べラとわたしの4人は
「打ち上げ」かつ「ニッポン上陸・歓迎会」と称して、居酒屋へ向かった。
べラにとっては、生まれて初めての「居酒屋」なので、
クロさんのアイデアで「和風の」店へ連れて行ってもらえることとなった。

「さぁ、ここで靴をぬいでください」
べラは「えっ」と、小さく驚きの声をあげた。
お店のお兄さんは気づいていないだろうが、
「飲食店に入るために靴を脱ぐ習慣」は、スペインはもとより
ヨーロッパ、およびラテンの国には「絶対にありえない」のである。

驚きをかくしながらべラは靴をぬぎ、
お店のお兄さんに導かれるように奥へと進んだ。
「はい、どうぞ!」
「お願いしま~す」
たたみにほりごたつ。すばらしいっ!
わたしは数年ぶりの「ほりごたつ」に上機嫌で、「ああ~っ」とすっかりくつろいで腰をおろす。
が、べラは「生まれて初めて見るほりごたつ」を前に
「これは、なんですか」
と、英語の最初のレッスンのようにつぶやいた。
「ほりごたつ・・・」
だいたい「こたつ」がないのだから、訳しようがない。
「この穴に、足を入れるの?」
「穴って・・・」
さらに
「なんのために?」
「はあっ?」
わたしは空腹で倒れそうだったので、べラにはかわいそうであったが
「これが、ニッポン式の食堂のスタイルなのだ」
と言いくるめ、さっそく「生ビールと枝豆」を注文した。

大野さんとクロさんが、気をきかせて
「揚げ出し豆腐」「串もの」「カキフライ」「お刺身」「鶏のから揚げ」など、
ニッポンの居酒屋を代表するメニューを、次々と頼んでくださる。
「ああ~、おいしい!」
至福のとき。べラには大野さんが英語で料理を説明してくれているので
おまかせし、
わたしは安心して料理と、クロさんとの話に集中する。
と、いつのまにか大野さんはべラに「正しいはしの使い方」まで教え込み、
「そうそう」などと、満足げにうなずいている。
その真剣な表情を見ながら、わたしは8ヶ月ほど前
「国際電話でわたしにパソコンの使い方をレクチャー」しょうとした、
冒険家のような大野さんのことを思い出した。

「クイックじゃなくて、クリックだよ!」
「だから~、画面の上のすみに方に「あ」って文字、出てない?」
「そこでドロウ! はっ? ドロウを知らない?」
「はりつけて・・・・って、わかるわけないよな」
そして、今日はべラの「はしの使い方」まで。

「まったく無駄」と思われることに
これだけまっすぐに情熱を注げる。
そんな大野さんの「報われない愛」に、わたしはくらりとした。
(必ずや、パソコンをマスターするぞっ!)
わたしはひとり心の中で誓うと、
「誰も手を出さないものに果敢にチャレンジする」大野さんの勇気と
その無謀さに、改めて合掌した。

さて翌朝、ホテルでは「朝食バイキング」が行われていた。
「和食と洋食、どっちにする?」
「和食!」
昨日の居酒屋ですっかり日本食党になってしまったべラは
「おにぎり」「お味噌汁」「梅干し」「おつけもの」「玉子焼き」などを
幸せそうに食べている。
わたしたちの話題は、今日のメインイベントについてであった。
「僕、ちゃんとできるかなぁ~」
「だいじょうぶだよ、これまで3ヶ月、特訓したんだから!」

そう、今日のメインイベント、かつ今回の日本帰国の一大イベントは
「わたしの両親とべラがご挨拶する」ことであった。
べラは、これまで何度か日本行きを計画していたもののそのたび、
「オーケストラの演奏でアフリカ大陸出張」だとか
「青少年オーケストラの育成援助」とかの仕事が入り
「今年こそ、絶対に行く!」
と決めた6年前には、緊急入院と手術。
「今度こそ!」
と思った3年前、今度は母が緊急入院し、
わたしだけ帰国したために’、自分はスペインに残り、
ホテルの演奏の穴をあけないために
他のピアニストと演奏を続けていたのだった。
「僕もニッポンに行きたい!僕も、もものご両親に会いたい!」

その積年の夢が今、かなおうとしていた。
が、いざ名鉄に乗り、豊橋へ向かうとなったら
べラはそわそわと落ち着かず
「僕、気に入ってもらえるかなぁ~」
「はじめまして、べラです」
などと、窓ガラスに向かって、ひとり練習している。
両親はいつも「写真」で、べラのことを見ていたが
「実物」を見るのは初めてなので
わたしだって、どんな反応をするかわからない。
べラは緊張して、丸い背中がどんどん丸まっていくのであった。
「だいじょうぶだよ!うちの両親、ユーモアがあるし、それに突拍子もない、わたしみたいな娘に慣れてるから」
まったくフォローになっていないのであった。

「豊橋~」
「着いた~!」
わたしたちはスーツケースをごろごろ言わせながら、ホームに降り立った。
その瞬間、わたしたちに向かってカメラが向けられ、フラッシュがたかれた。
「やややっ、これは!」
そんなに有名だっけ?わたしたち。と、思った瞬間、カメラの向こうあから、いつもの笑顔が現れた
「待ってたよ~!」
3年ぶりに会う父であった。

(ニッポン驚嘆記・5につづく)

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「4. 初の居酒屋と箸のレクチャー」への4件のフィードバック

  1. ほりごたつを知らない人に説明するのが大変ということに、あの時、初めて気づきました。ベラの「なんのために穴に足を入れるのか?」の質問も、そうかぁ、そういうことが疑問になるんだぁって、新鮮な驚きがありました。

    あと、日本料理のように飾りとして、葉っぱや花を飾る習慣がスペインにはないというのも、なるほどという感じでしたね。

    いろいろ沢山の発見のあった居酒屋でのひとときでしたよ。

  2. 「クロさん、お世話になりました。
     いってきます、いってらっしゃい。」
    (べラの言葉そのまま)

    2行目は今週の練習フレーズ。
    来年の日本行きを夢みて、毎日練習中(ほんと)。

  3. ベラ、日本語レッスン頑張ってますねっ。私がスペイン語を覚えるのは無理なので、ベラの頑張りに期待します。

    そうそう。言葉を覚えることは、その国の習慣を覚えることなのだと、気づきました。一番印象的なのが「いただきます」。私たちが居酒屋で「かんばーい」とした後、即座に食べ始めたのを、少し怪訝な顔で見ていたベラでしたが、それが「食事の前には『いただきます』という」と聞いていたからだとわかって、なるほどと思いました。宴会は「乾杯」、それ以外は「いただきます」という使い分けを私たちは習慣的に理解してるのですね。

    言葉って奥が深い・・・。

  4. 「クロさん、ただいま!行ってらっしゃい。行ってきます。」
    「今日は、寒いです。」
    「今日は、いたけです。」(べラの言葉そのまま)

    なに、それ?って、聞きかえしたら
    「今日は、いい天気です」でした。

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