第93話 日本とコンゴから来た仲間

「スペインに行くことにしました!」
と突然、友人のひろ子さんから国際電話があった。
「ええっ」
と驚いて受話器を握ったままで立ちつくしていると、すでにチケットも手配中。
「第二の人生を、ぜひスペインで始めたい!」
30歳を過ぎての人生の方向転換は、なかなか勇気がいる。
それだけでもすごいのに
「仕事とか、住むとこ、あてあるの?」
「ぜんぜん」
って、まぁ、わたしとおんなじだが、すごいな。聞くと。

かくしてマラガ入りの日はやってきた。わたしたちは空港に迎えに行くと
「ええっ、荷物これだけ?」
「ほんとにスーツケースひとつじゃん」
なんて軽いいでだち。まるで1週間バケーションに来たみたいだ。
「うん、全部、置いてきた」
って、ねぇ。
とりあえず、わたしたちのマンションへ。
その1か月後、おなじく下町エル・パロにマンションを見つけ、待望の一人暮らしが始まった。そして、仕事も見つかり、
「よかったねぇ~」
と、バルで祝いの祝杯をあげる。

ひろ子さんがマラガに来たのと、新しいオウムがうちにやって来たのが同じ夏なので、以来アニバーサリーはいっしょである。
チュッピーのことを知るひろ子さんは、うちにやってきたばかりのオウムを眺めながら
「早く、新しい環境に慣れるといいね」
と、つぶやいた。そして

「第二の人生が始まるね!」
と、うれしそうに言った。

ひろ子さんとオウムを眺めながら、まさに、同じ環境に立った二人ではないか、と思った。
日本とコンゴ。人間と鳥、という差はあるが、まさに「第二の人生のスタートライン」に立ったふたり。
すっきりとひとりぼっち。
「でも、わたしはそばにいるよ」
心のなかで、そっとつぶやいた。そして
「ふたりがこのマラガの地で、前に向かって歩いていけますように」
と、お供えのりんごとバナナを聖台に奉納すると、両手を合わせて「よろしくお願いします」と、何度もとなえた。

新しいオウムに、わたしたちは「チキータ」という名をつけた。「ちびっちょ」みたいな愛称で、
「チキ」と、呼び捨てにすることもある。
発音は「テキーラ」の要領で、勢いよく『キ』にアクセント。
チキータは、お店にいるときは「ピー」とも言わなかったので「ああ~、これで家が静かになる」
と、ベラは密かに喜んでいた。が、うちに来て数日もしないうちに、
今までのたまったものが爆発したのか、すごい勢いで鳴き叫び始めた。

「ギヤ~、グググ、ギエェェー、ギャン!」
その声量たるや、チュッピーの比ではない。さすが体長30センチあるだけあり、マンション中の住民を朝から叩き起こした。「な、な、何だぁ~?」
「何の音?」「生き物かぁ」
廊下にあふれ出すお隣さんたちに、わたしは必死で謝罪した。

「すみません、うちのオウムなんです。今、静かにさせますから」
とは言うものの、どうやって黙らせることができるのか、見当もつかない。
とりあえず、おやつのピーナツを与えて黙らせるが、こんなことでは、ピーナツがいくらあっても足りないではないか。
それにこれは、1日1個のごほうびなのだ。

「うう~ん」
頭をかかえながら、鳥かごの隣でため息。ため息ついでに
「あ~あ~どーしよ~、チキータ、チーキー、こーまった♪」と、鼻歌を歌った。そのとき、不思議なことが起こった。
それまでいつも、おびえたようにわたしたちを見ていたオウムが、
ゆっくりと羽をふくらませ、目をうっとりさせて、あくびをしたのだ。
「もしかして、歌好き?」
わたしはさっそく日本の名曲「七つの子」「ゆりかご」などを次々と歌ってみる。
と、なんということか、絶大な効果あり。
オウムは何度もあくびをしては、歌に聞き入っている。その声を聞きつけたベラが
「オウムに子守唄、うたってるの?」
「そう、ほら見て、うっとりしてる。眠くなるみたいだね」
その日から『子守唄を歌う』が、わたしの日課に追加された。

1週間後、鳥かごから出すと、オウムはもう二度と、中に入ろうとはしなかった。
コンゴで密猟されて以来、ずっと押し込められていたのだから、恐怖の対象以外のなにものでもないのだろう。
チュッピーは夜になると、自分で鳥かごに入って行ったが、
チキータは、鳥かごのてっぺんにとまったまま動かなかった。
そして誰かが近づくと、怯えたように鳥かごの裏側に隠れて、今にも殺されそうな恐ろしい叫び声をあげるのだった。

わたしたちは、それは最初だけで1ヶ月もすればなくなるだろうと思っていた。
が、このオウムは抜群に記憶力がよく知能も高く、『過去の恐怖体験』が、オウムの心身を完全にゆがめてしまっていた。
その恐怖のお叫びは、それから数ヶ月に渡って続いた。

でも、わたしは歌い続けた。
そのときだけ、オウムはリラックスするように見えたから。
「この子は、自閉症なのかなぁ。ぼくたちのこと、信用してないみたいだね」
「いいよ。チキータがいつか、わたしたちを家族にしてくれる日まで待つ」
「相当ひどい目に会ったんだね」
「わたしがわかってほしいのは、チキータのこと大切だってこと。わたしは傷つけないよってこと」
チキータが安心して暮らせるのなら、それで十分。
わたしのこと、好きになってくれなくてもいい。
そう思ったら、涙がでてきた。

「僕たち、それぞれ別の大陸から来たんだね」
アフリカと、南米と、アジア。3つの別々の大陸から来て、ヨーロッパというまた別の大陸に、住んでいる。そして人種も言語も文化も容貌もちがうわたしたちが、ひとつの『家族』として、暮らそうとしている。
『いっしょにいたい』という思いだけで。
「僕より、長生きするんだろうなぁ」
『寿命60年』といわれるオウムを横目で見ながら、ベラが言った。

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