1.ニッポンに行きたい!

2013年11月上旬、わたしとべラは、念願の「ニッポン上陸」を果たすため
20キロ近いスーツケースを、マラガの5階のマンションから
階段を使い、一段ずつ自力でおろしていた。
これもすべてうちのマンションで、エレベーター工事が始まったため。
工事は3ヶ月ほどかかると脅され、住人は震え上がっていた。そんな中
「ニッポンに行けていいねぇ・・・」
と、お隣さんのため息に見送られつつ、スーツケース下ろし。
再び5階まで上がり、お次は手荷物の10キロ、さらにバイオリン・・・
途方もなく長い道のり。そう、ニッポンは遠いのだ。

マラガ空港に無事着き、乗り換えのパリに向かう。
パリでの乗り継ぎ時間は、わずか「1時間」。
これは、かなり無謀である。

あの巨大なシャルル・ゴドール空港内で、ターミナルをバスで移動し
さらにパスポートコントロールやら、セキュリティチェックを無事通り抜け
飛行機に乗り込むまでに、事実上30分しかない。
それも、果てしなく動きの遅いべラといっしょに。
本当に乗り継げるのか。

ニッポン行きの飛行機の乗り場がわからないまま
出発20分前に、わたしたちはまだ
「乗り場はどこですかっ!」
と、必死に聞きまわっていた。
係員らしきお姉さんに泣きつき、事情を説明すると
お姉さんは顔色を変えて無線連絡をし
わたしたち3人は一目散に、搭乗口へと向かった。

「搭乗口」に着き、わたしは初めて見る光景に固まった。
ふつうなら電光掲示板に、自分の乗る便名が表示されている。
が、掲示板にも搭乗口にも、もう明かりは一つもなく
係員もおらず、おまけにひもがかけられ通れなくなっている。
そのひもをお姉さんは、ぐいいっと持ち上げると
「さぁ、走って飛行機に乗ってください!」
「もも、走って!先に着いて、飛行機とめといて!」
そんなことができるのかどうかわからないが
後ろで叫ぶべラを、置き去りにしてわたしは走った。全速力で。
これを逃したら、ニッポンへは行けないのだ。

通路の先に、飛行機の入口が見えてきた。
出発まであと10分弱。
扉の所に立っていたスチュワーデスのお姉さんは日本人。
ああっ、これでニッポンへ行ける。わたしは叫んだ。
「この飛行機、ニッポン行きですかっ!」

こんな尋ね方を、飛行機の入口でするのは初めてだった。
ふつうは「便名」を尋ねる。
「もう一人、来るので待ってください!」
と必死に頼みながら、自分でも
「これじゃ電車かバスに乗るときだろう」と、思った。

はぁはぁと息をはずませながら、座席に腰をおろす。
本来、飛行機はゆったりと乗り込むもので、「飛び乗る」ものではない。
朝一番の、スーツケース5階から自力下ろしに始まり
全力でニッポンに着くことを、運命に強いられている気がした。

(「ニッポン再発見記・2」につづく)

~音楽と絵の工房~地中海アトリエ・風羽音(ふわリん)南スペインだより