第91話 ゴチック的寒さに震える

病院コンサートも無事終わり、『ミニ・バカシオネス(バケーション)』と称して、
わたしたちは南フランスまで行くことにした。
その道すがら、フィゲーレスにあるダリ美術館へ寄る。
その後、一気にスペイン~フランス国境越え。
国境が近づくと、がぜんトラックが増えてくる。たび重なるガソリンスタンド暮らしで、
トラックを見るとやたら親近感がわくようになってしまった。

さて、国境チェックを終え、いざフランス入り。
と、いうことは、これから挨拶は「オラ」ではなく、「ボンジュール」。
さて、ガソリンスタンドで1泊後、ペルピニャンから大きく左に迂回する。
スペイン~フランス国境に逆戻りする形で、ピレネー山脈方向へ。
「いったい、何があるの?この先」
ただの田舎道を走りながら、ベラがぽつりとつぶやく。
交通量も、ほとんどない。
見渡すかぎり、田舎。
「何もないよねぇ」
「でもね」
わたしは一気にまくしたてる。
「このあたりは昔、カタリ派の人たちが暮らしていたんだよ!」「カタリ派?」
少し考えると、ベラは思い出したように
「ああ!あの清貧生活をよしとした、権力と富にゆがんだカトリック総本山と戦った?」
ベラは大の歴史好きなのである。
「そう!そこにわたしたち、今いるんだよ、すごいよね!」
「まさか、そのために、来たの?」
ベラは信じられない、といった面持ちでわたしを見返している。「そのために南仏くるひとは、たぶんいないと思う。南仏って言ったら、カンヌとかコート・ダジュールじゃないの?」

カルカッソンヌからピレネー山脈にかけての、このラングドック地方は、『カタリ派の里』として知られている。
そもそもの起源は、カトリック教会の聖職者たちの『汚職と堕落に反対する民衆運動』であった。
自ら『清貧』を潔しとした聖者たちは、誰よりも質素な生活を送り、
その姿勢に共感した市民や領主たちが、次々と信者となった。
あまりに『民衆の支持を得た』ために、バチカンは『危険』を感じ、カタリ派を『異端』とする。
そして1209年、宗教上というよりは政治的理由から、
『アルビジョア十字軍』を送り、徹底的に信者を殺略。
カタリ派は最後まで改宗することはなく、カトリック総本山・バチカンの武力によって、最後の1人まで容赦なく殺された。

11~13世紀に、そんな悲劇が起こっていた土地なのである。
わたしはこの『カタリ派』に、ずっと興味を抱いていた。
大殺戮(りく)のあと、生き残った数人かが、密かにスペイン国境をめざし、
山深いピレネー山脈に隠れ住み、生きながらえたという伝説の
険しい山岳地帯を、彼らの見た景色を、どうしてもこの目で見てみたかった。

「うわぁ!きれいな村だねぇ」
ベラが、車を止める。深い山のふもとにたたずむ小さな村。中世の城砦にぐるりと囲まれ、
村に入るには川にかけられた橋を渡り、門をくぐらねばならない。

villefranche de conflent、って書いてあるよ」
「行ってみようよ」
わたしたちは橋を渡り門をくぐると、石壁の家と小道の続く、美しい中世のたたずまいを残す村に、吸い込まれていった。

「きれいだねぇ」
「でも、冬は寒そうだね」

たしかに、まだ午後4時なのにあたりはすでに薄暗い。
周囲を山に囲まれているので、日暮れが早いのだ。
風が冷たい。9月なのに、ときおりひやっとした空気が、全身を包む。
「上着、着ようっと」
これまで一度も着たことがなかった長袖のパーカーをはおり、首にスカーフを巻く。

1時間の散策のあと、ここからさらに山に向かって数キロという地点にあるキャンプ場に向かって出発した。

「うわぁ、暗い~、すごい湿気」
「寒い~」
わたしたちは、あまりの急激な気候の変化に仰天していた。
山すそのキャンプ場は、多い茂る木々の中にぽつんと、置き忘れられたようにあった。
この日の客は、わたしたちと、もう1組の若者だけ。

日が落ちると、気温が急激に下がり出す。
「さ、さ、寒い~!」
ありったけの服を着る。が、『夏用』になっているわたしたちの体は、
40度には耐えられても、15度には適応できないのであった。

さすがに息は白くないが、がちがち震えが止まらない。
あつあつの雑炊を作って、赤ワインを流しこむが、1時間もすると、耐え難い寒さが襲ってきた。
「うぎゃー、トイレに行きたい」
「行けば?」
「だめっ!ドア開けちゃ」
その瞬間、車内に流れ込む冷気のことを考えると、トイレくらい明日まで我慢してもよい。
今や、この車の中で、わたしたちは互いが唯一の暖房であった。

「うう~ああ~」
唸っても寒さはやわらぐわけはなく、夜半になると、ゴチック的寒さがわたしたちのキャンピングカーを包みこんだ。
もうもうと立ちのぼる深い霧。
「うわぁ~、もうトイレも見えない」
いったい今、自分たちがいるのがキャンプ場なのかさえわからない。窒息しそうに重くのしかかる湿気。
「ほら、もも、これでカタリ派の人たちが、どんな気候の中、生活してたかわかるよね」
「・・・・・」
「こんな山深い、9月でこの気候・・・、たいへんだったろうねぇ」
「ああっ、雨が降ってきたよ」
そのとき突然の大雨が、容赦なく車の窓を叩きつけ始めた。
そのとたん、今度はあちこちのすきまから『恐怖の湿気』がすごい勢いで忍びこみ始めた。
「すごいところに来たね、僕たち」
暑がりで年中、汗を噴き出しているベラは、まだ余裕があったが、
寒がりのわたしは結局、ほとんど一睡もできず、朝起きると『鼻水と微熱』でぐったりしていた。

「ありゃ~、もも風邪ひいたの?」
気分は最悪だったが、今日はなんとしても『カニグー山』にある『サン・マルティン・デュ・カニグー修道院』まで登り、
ピレネー山脈にかけての山深さを体験する、と決めていたので、鼻をずるずる言わせながら準備にかかった。
そして、登山口に着いたわたしたちを待っていたのは
「うわ~っ、この坂道のぼるの?」

ベラが固まるのも無理はない。アスファルトが敷かれているが、目の前に続く急激な坂道は散策コースではなく、登山に近い。
「もも、やめた方がいいよ、熱もあるんだし。だいたいどれだけかかるかもわからないよ」
それはもっともであった。が、
「今を逃したら、もう二度とここには来られないかもしれない!」
という抑えがたい思いが、わたしを内から突き動かしていた。
「わたし、登る!」
「はぁ~」
ベラはあきれていたが、どうせとめても聞かないことを知っているので
「じゃ、僕はこの辺を散歩してるよ。気をつけて行って来てね」

と、にこにこしながら、手を振った。
幸い山道には、ところどころに観光客の姿が見られ、みんな修道院をめざして坂道を登っていた。

坂道は、どこまでも続いた。生い茂る山道を歩くこと1時間半、ついに頂上に到着。
「着いた~!」
鷹の巣のような場所に、ひっそりと息をつめたように建つ、小さな修道院。
外壁も内部もかなり傷んでいたが、それが何より、ここに流れた時間を感じさせた。

サン・マルティン・デュ・カニグー修道院は、絶壁に突き出すように建てられており、まさしく陸の孤島。
『こんなところで、こんな景色を見て暮らしていた人たち』のことを、そっと思う。
長く厳しい冬が、ここには何度訪れたのだろう。
30分近く、峰を連ねる山々を眺めながら、カタリ派の人たちのことを思った。

熱がぶり返してきて、帰りは体が重かったが、下界ではベラがおなかをすかして待っているはず。
できるだけ早足で坂を下る。
「おかえり~!」
地上ではベラが、おやつを食べながら待っていた。
「どうだった?修道院、見られた?」

わたしは疲れと、張りつめていた思いがとけたのとで、へたへたとその場に座りこんだ。そして、やっとの思いで
「うん、見られた」
とだけ言った。

「はい、サンドイッチ」
と、不細工なサンドイッチを手渡されたとたん、涙が出てきた。

「ももにそこまで思われて、カタリ派もきっと、喜んでるよ」
ベラは、修道院を見た感激で、わたしが泣いていると思ったらしかった。
が、わたしの心は、まったく別のことを感じていた。

こんな勝手なお願いを聞いて、ここまで運転してくれたベラ。
こんなまずいサンドイッチを幸せそうに食べて・・・
太っちょで、汗かきで、いつも数分おくれている。
こんなのんきなベラがいっしょにいてくれて、ほんとうによかった、と思った。

~音楽と絵の工房~地中海アトリエ・風羽音(ふわリん)南スペインだより