オウムの脱走&洪水事件(2)

ドリーさんは、まずオウムの「脱走事件」から、話し始めた。ある日、鍵を開けてうちに入ると、いつもとなんとなく様子がちがう。
「はて」
と、小首をかしげながら台所へ。オウムのえさと水を取りかえようと、鳥かごに近づくと
「あ、あ、あっ・・・いない!」
一瞬、狐につままれたような気持ちになった。らしい。確かに前日、鳥かごの扉は、ちゃんと閉めたはずなのに。が、見ると、扉は開いている。

「いったい、なぜ。どうやって・・・」
疑問は次から次へと湧いて来るが、まずはオウムを探さねば。ドリーさんはまず、台所をくまなく探した。が、姿が見えない。さては、リビングかと、オウムの名を呼びながら探すこと三十分。こういう時、うちのオウムはまず返事をしない。「かくれんぼ」だと思っているので、探し出して
「あれま、こんなとこにいたの!」
と、驚いてほしいのだ。

ドリーさんが、慌てふためいてやっとオウムを見つけ出した時、すでに汗を一リットルくらいかいていた。と、言う。なんと!発見された場所は、台所の暗い「鍋の中」。で、寝ていたのであった。

翌日、ドリーさんは、安心してうちのドアを開けた。なにしろ昨日の事件にこりて
「鍵よし!」
と、口に出して言いながら、確認して鳥かごのドアを閉めたのだ。
「ブエノス・ディアス!」

その時の光景を、ドリーさんは「夢でも見ているかのよう」と表現した。
オウムの姿は、鳥かごから忽然と消えていた。そしてドアは、はやり開けっぱなし。それだけではない。台所に置いてあった、えさ、水、果物、あらゆるものが、食い散らかされ、トイレットペーパーは破られ、皿は割られて、床に落ちていた。

ドリーさんは、一瞬、考えた。
「これは、もしかすると・・・」
オウムが自分でしたのではなく、自分がいない間に
「誰かがここに入り込りこみ、鳥かごを開け、勝手に飲み食いしているのでは」
と、真剣に思ったらしい。さすがに恐ろしくなり、その日はオウムを鳥かごに戻し、掃除をして引き上げた。

で、その翌日。
「ドリー!お隣から不思議な音がするんだけど・・・」
そうドアを叩いたのは、私たちのもう一人のお隣さんのマリアさん。
「不思議な音って?」
尋ねるドリーさんに、マリアさんは怪訝な表情で答えた。
「なんか、水がザーザー流れる音がするんだよね。オウムしかいないんでしょ。変じゃない?誰かいるのかな・・・」

二人は顔を見あわせ、おのおの手にモップや棒を握りしめて、うちのドアへと向かった。らしい。変な男が飛び出してきたら、という万が一のために。そして、ドアを開けると・・・

「うわああぁあ」
「ぎゃー、うそー」
二人は一瞬、目を疑った。
「どうして、台所にせせらぎが・・・」
水は、台所の蛇口から、流れ出ていた。床はもちろん水浸し。水道水の勢いで、ほおっておけばこのままリビングや外にも漏れ出す。

「な、な、なんで。だ、だ、誰が!」
「それより早く!蛇口しめて」
ドリーさんとマリアさんは、必死で水を止め、床を掃除し、それから改めて、オウムを探し回った。それでも原因は、最初「水漏れ」、つまり管や蛇口の故障と思ったらしい。

「まさか、オウムがやったんじゃないわよね」
「ええーっ、猿じゃないのよ」
落ち着いてくると、今度は好奇心がもたげてきた。
「ねぇ、ちょっとここに隠れて、オウムの様子、見ない?」
二人はオウムを鳥かごに戻し、台所のドアを閉め、わずかな隙間から中をうかがっていた。

が、こういう時、オウムは微動だにもしない。そうなのである。
「ちゃんと、私たちが見てるの、知ってるのよ」
「やるわねぇ」
洪水事件ですっかり疲れきってしまい、二人は蛇口の周りをひもで縛ると、その足で「鍵」を買いに行った。

戻ってくると、案の定、鳥かごは開けられ、オウムは好き放題していた。蛇口の周りのひもは、きれいにほどかれ、さらに、探し出したオウムの口には、十五センチほどの「包丁」が、一の字にくわえられていた。
「あ、あ、あ、危ないから、それをこっちによこして・・・」

そうお願いしながら、卒倒しそうになった。と息を吐く。さすがのドリーさんも
「これは明らかに、ドアを開ける技を身につけており、、蛇口をくちばしでひねって開けることができるのだ!」
と、やっとその時、はっきりと理解した。と言う。

そういう、いきさつがあっての「南京錠」。
ドリーさん、本当にお疲れさまでした。こんなに迷惑をかけたのに
「はい、オレンジのおすそ分け!」
と、再び、我が家を訪れてくれる。
「いたずらっ子だけど、踊るのは上手いんだよね!」

それで、許されるわけでは、なかろう。
笑うドリーさんの頭には、なぜか「タオル」が巻き付けてあった。インド人もびっくり。聞けば、鳥かごに近づくドリーさんの頭に、オウムが飛び乗って来るから。らしい。

聞けば聞くほど、恐縮。恐れ入ってしまう事件。
ドリーさん、本当にありがとうございました。