林緑子さんにつながるまでのお話

KUROです。代理投稿3日め。

今回ライブペイントを行った「シアターカフェ」は、代表の江尻真奈美さんとディレクタースタッフ林緑子さんのおふたりで運営されています。林さんとは「シアターカフェ」が出来る前からの知り合いなのですが、彼女と出会うまでのお話をちょっとしてみたいと思います。長い話になりますが、よろしければおつきあいください。

隔年で開催される「広島国際アニメーションフェスティバル」というイベントがあります。「アニメーション」というと、みなさん、ディズニーやジブリ、萌え系のかわいい作品を想像されると思いますが、このフェスティバルが取り扱う作品はとてもアカデミック。コンペ作品もほとんどが海外からの応募で革新的で実験的。かなり大人な作品が上映されるフェスティバルです。

私が最初に訪れたのは1998年。スタッフでもある友人Oさんからの要請で、何かの企画用に私のMacintoshを貸し出したので、ちょっと確認してみようと思ったのがきっかけでした。期間はお盆休み翌週の木曜日から月曜日までだったのですが、会社は休めないので、土日で見に行きました。

土曜日のフェスティバル終了後、Oさんを含めたスタッフ4人と共に広島在住の友人の案内でスペイン料理を食べました。その時、隣にいらっしゃったのが東京在住のMさんでした。とても気さくで明るい方で、「マッキントッシュ・アニメーション・メイキング・ワールド」で来場者に簡単な動画作成を体験してもらう企画を担当されているということでした。

翌日、私は予定通り帰ったのですが、コンペティションのアカデミックなアニメーション作品は自分の趣味に合っていて面白かったし、また機会があれば行きたいなと思っていました。しかし、2年後の2000年は仕事がものすごく忙しくて広島行きを断念。年末年始もバタバタして世の中の情報を知ることも一切なく、なんとか忙しさから解放された時には既に年が明けていました。そしてその年初めてテレビをつけた時、広島で楽しそうに話していたあのMさんが、年末に家族と共に殺害されたというニュースを目にしたのでした。

「まさか」と思い、Oさんに電話で確認しようと即座に携帯を手にしたのですが、本当にあのMさんだったらどういう言葉を口にすればよいかわからず、まずはメールで確認することに。帰ってきた返事は「そうです」。「みなさんにメール連絡したつもりだったんですが、慌ててちゃんと出来ていなかったのかもしれません。再度連絡しないと」と書かれていたのを覚えています。

その2年後、Mさんが担当していた「マッキントッシュ・アニメーション・メイキング・ワールド」は、Oさんが引き継ぐこととなり、お手伝いするボランティアの呼びかけがありました。少しでもMさんの思いをつなぐことのお手伝いが出来ればと思い手をあげ参加することにしました。

なんか、悔しかったんですよね。2000年に広島に行かなかったこと、Mさんのような良い人が信じがたい亡くなり方をしてしまったこと。当時の私はボランティアを通して、その悔しい思いを少しでも解消したかったのだと思います。

その後2010年までボランティアとして参加していましたが、その時、同じくボランティアとして参加されていたのが、現在「シアターカフェ」のディレクタースタッフをされている林緑子さんです。会った時の印象は「まるでマリオネットのような女の子」。とにかくかわいらしくて、そのままアニメーションに出てきてもおかしくない感じ。そのかわいらしさは今も変わりません。その時、まだ、「シアターカフェ」はこの世に存在していなかったのですが、その話はまた明日します。今日はこれにて終わり。

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今年の広島アニメーションフェスティバルの案内。ポスターデザインは林静一さん。