のこぎり奏者への道(1)

先日、「Youtube」を見ていて
心を奪われる「映像」に出合った。
「こ、こ、これは・・・いったい!」
その男性はなんと、
かのバイオリンの名曲「チゴイネル・ワイゼン」を
「のこぎり」で、弾いているのだった。

「信じられない!」
いったいどうしたら、こんなことができるのか。
それも、音色がすばらしい!
まるでバイオリンのよう。
「あああ~っ」
驚愕とともに、わたしの心にとんでもない
しかし、止めようのない衝動がふくれあがってきた。
「のこぎりで弾きたいっ!」

思った瞬間が「決定」なので、さっそくベラを呼びつけ
「のこぎりによるチゴイネルワイゼン演奏」の映像を見せる。
第二楽章の、あの切ないハンガリアン・メロディのところである。
「うわぁああ~っ!」
ベラは叫び声をあげると、画面20cmくらいのところまで近づき
必死で、のこぎり奏者のその股のあいだにはさまれた
「のこぎり」と「弓」に、見入っていた。

「わたし、これやってみたい!のこぎりで弾いてみたいっ」
ベラは、映像を見つめたまま黙っている。
「のこぎりなら、どこにでも持っていけるし!
今までこんなに惹かれた楽器はないよ」
わたしは、必死に訴えた。

Youtubeには他にも「のこぎり」で弾く
ピアソラやクラシックが、ごまんとのっていた。
「のこぎりで、こんなことができる!」という発見は
わたしの心を一瞬にして
「のこぎり奏者への道」へと、歩ませた。

「のこぎり奏者道」を踏み出したものとして、
よくよく映像を眺めてみると
どうやら「のこぎり」には、一定のサイズやきまりが
あるようであった。
わたしが、家のリフォームに使っているのとは明らかにちがう。
「うう~ん・・・どうしたら」
と、真剣に考えていると、黙っていたベラがやっと口を開いた。
「レロイ・メルリン(カーマみたいなお店)に行ってみる?」

「ええっ、いいの?」
反対されると思っていたので、まさかこんなにすぐ、
お店に行ってくれるとは思ってもみなかった。
「ありがとう!」
するとベラは、少し怒ったような顔つきで言った。
「僕も、弾きたい」
「へっ?」
「僕も、のこぎりで弾きたい!」

もの静かだが、こういうときのベラは本気なので
わたしの方が言葉を失う。
「でもバイオリニストが・・・のこぎりって、いいの?」
いちおうプロなので、侮辱にならないかと気をつかう。
「もも、のこぎり、見に行こう!」

ふだんイニシアティブというものを持っていないベラを
ここまで一瞬にして、立ち上がらせてしまう
「のこぎり」って、いったい・・・。
不思議な魅力をもつ「セルーチョ(のこぎり)の音色」。
なにごとも道なのだ。
わたしたちは「のこぎり奏者への道」を今、
一歩、確実に踏み出した。

「なに、それ?」
お店に入ろうとして、
ベラの手に「筒状」のものが握られているのに気づいた。
「弾かなきゃ、わからないよ」
ベラはなんと、「のこぎりの試し弾き」をするために
バイオリンの弓を、隠し持ってきたのであった。
(「のこぎり奏者への道(2)」につづく)