幻の魚・伝説

先日、わざわざ「手作りえさ」を用意して
ベラはうちの前の海岸へ出かけて行った。
目的はもちろん、最近ここエル・パロ地区で
まことしやかにささやかれている
「幻の魚伝説」の真偽を確かめるためである。
エル・パロの海に浮かんだ「養殖場」から「逃げ出した」という
その魚たちは今や「幻の魚」として
釣り人たちの伝説となっているのだ。
というわけで、今日も30人近くの釣り人が
海岸に並んで、釣り糸を垂れている。

これまで数回、挑戦してみたものの
まったく釣れたことがないベラの、その20メートルほど横で
ひとりのセニョールが、今日5匹目の魚を釣り上げていた。
驚いたベラは、おじさんにそっと歩み寄り、尋ねた。
「いったいどうして、そんなに釣れるんですか」
おじさんは、ニヤリと口の端を持ち上げて笑うと
「このえさね、実は養殖場と同じものなんですよ」
「・・・・!」

驚きながらも、おじさんにそのえさを売っている店を教えてもらうと
ベラはすごい勢いで家に戻ってきた。
「魚たちがいつも食べていた養殖場のえさで釣るんだって!」
「・・・・・・・」

翌日、朝からピアノのレッスンを行っていると
いつもリビングでバイオリンの練習をしているベラの姿が見あたらない。
よく見ると、自転車も消えている。
「ははぁ、これは・・・」
養殖場のえさを探しに出かけたのにちがいない。

30分すると、片手にナイロン袋を抱えて
ベラが帰ってきた。いつになく、表情が輝いている。
「エル・パロ・幻の魚・伝説」
にとりつかれた男が、ここにも一人いた。
(つづく)